哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。
* * *
ある出版社から米国論を出すことになり、ゲラを毎日直している。参考のためにいろいろな米国論を読んだが、一番面白かったのはやはり「Foreign Affairs Report」である。これは外交問題評議会という100年ほど続いているシンクタンクが出している月刊誌だけれど、「どうすれば米国の国益は最大化するか」という話に徹していて、「世界平和」とか「人権」とか「民主主義」とかいう「政治的に正しい課題」は副次的目標に過ぎないという肚(はら)の括(くく)り方がいっそすがすがしい。どこの国籍であれ学者が書く論文はどうしても客観的かつ公正中立であることが求められるが、ここに書く人たちはその点で遠慮がない。本音剥(む)き出しである。
私が感心するのは、寄稿者たちがこれから米国にいかなる「最悪の事態」が訪れるかについて実にカラフルな想像力を発揮する点である。「誰も思いつかなかった最悪の事態を想定して、それに備える提言ができる人」が米国では高く評価されるようだ。
この風土を私は羨(うらや)ましいと思う。日本ではこうはゆかない。「最悪のシナリオ」を思いついた知性に敬意を表するという習慣は本邦にはない。日本ではそれは「敗北主義」と呼ばれる。