
私は談志師匠とも同じ年のよしみで親しかった。あの博識、不条理な噺。日頃は淋しがり屋で、いつも弟子を連れ西銀座の“美弥(みや)”というバーに集っていた。紀伊國屋書店の創業者・田辺茂一氏に心酔、奥に鞄と帽子が置かれていた。
NHKアナウンサーだった田辺氏の長男・礼一氏から紹介され、一緒に酒を飲んだり花見をしたり。新幹線の中で偶然出会った時はグリーン車の一番後ろで田辺茂一伝の原稿を一杯にひろげ、推敲(すいこう)していた。いたずらがみつかったのを恥じるように私を見て笑った。
ガンで声が出なくなっても私の対談には出てくれた。私は談志さんも小三治さんも大ファンだ。
しかし二人は正反対。句会の席で小三治さんが談志さんを辛辣に批判するのも聞いたが、最後に必ずこう言った。
「だけど今、自分が落語が出来るのは談志がいたから」
これぞ本物のライバルである。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2021年11月5日号