落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「再会」。
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埼玉県某市の独演会の終演後。「Mさんという方がお見えです」と主催者。「M?」「高校の同級生だと……」「……あー! M!」。同じクラスだったM。2年生の校外学習の班行動でそば屋に入り、みんながカツ丼食べてるときに、一人もりそばを頼んだMだ。食後に店員さんに「お姉さん、蕎麦湯くださーい」と頼んだM。とても高校生とは思えないそば屋での振る舞い方にみなを驚かせたM。私に蕎麦湯を教えてくれたM。
まずい。思い出がそれしかない。Mが入ってきた。ん? 想像していた顔とまるで違う。違うMなのか? そばに女の子。Mの子? 「頑張ってるね」と笑うMは禿げていた。いや、私も他人のことは言えないが、Mは私よりちゃんと禿げていた。とりあえず「久しぶりです」と言うと、女の子はMの後ろに隠れてしまった。
「川上の落語、初めて観たよ」。私の本名を知っているのだからやはり同級生のMに違いない。「この辺で独演会は初めてなんです」。Mの正体が掴めないので私は敬語だ。「Yがよろしくってさ」。? ん? Yって誰だ? わからない。私は「Yは今なにやってるの?」と聞いてみた。「○○の営業って言ってなかったっけ?」。『言ってなかったっけ』? いつ? 誰が? 誰に? 「高校のときのこと、悪かったって……で、これ預かってきた」。四合瓶1本。??? 「これで勘弁してくれって、なぁ?」とMは女の子に振った。なぜ子どもに振る? 女の子は黙って頷いた。Mの家族とYはかなり親しいのか。でも高校のとき、Yは私に何をしたんだろうか。で、そのお詫びの品が日本酒……。で、Yって誰?
話題が途切れた。「そばを食べたときのことが印象的だなぁ」。私は唯一の切り札を出した。「……それ、Yだろ?」。え? 「Yが蕎麦湯頼んだんだけど『うちはうどん屋だから蕎麦湯ないんです』って言われてみんなで笑ったんだよ……なぁ?」。また女の子に振った。なんでだよ。知るわけないだろ、その子が。黙って頷く女の子。なんでだよ。居たのかよ。