
勘九郎:私の演じる酒井は、言ってみれば観客代表みたいな立場です。この物語の世界観に入りやすいように導入部分を作っていく役割だと思っています。難しいところは、現代の人たちにどう共感してもらうか。歌舞伎には仇討ちや主人のために子どもの命を差し出す、といった主従関係を描いた作品が多いんですが、それを現代の人たちに共感してもらうことはなかなか難しい。だって、会社のために死ね、と言われても死ねないでしょう? そこはリアリティーを感じさせるように演じないと、と思いますね。ただ、酒井の郷土愛はみなさん理解できると思います。自分の出身地をばかにされたらやはり嫌でしょうから。
――2人は初演をこう振り返る。
勘九郎:歌舞伎座の初演では「七之助がきれい!」という感想が大変多くありました。それを受けて私は「でしょ!」と(笑)。この舞台はそれに尽きます。鶴瓶師匠の噺を聴いた時に「美しさ」が大切だと思ったんですね。美というものをかなり追求して作り上げましたので、「美しい」と言ってくださるお声はとてもうれしかったです。
■ボロ泣きしちゃったよ
七之助:女方の後輩たちが、ここぞとばかりに私の楽屋に押し寄せて来ました。「浦里をやりたい! やりたい!」と(笑)。歌舞伎の女方は物語の前半に死に物狂いで汗水垂らして一生懸命演じても、死んで終わりとか最終的に幕切れにいないとか。途中から出てきた立役が見得をしてはい終了、さっきまでの女方どこへ行っちゃったの?というパターンが多いんです。でも、この作品につきましては女方が主役。最初は美しく、最後までいろいろな色を見せながら、死ぬこともありません。見どころの一つではないかと思います。(尾上)松也が「ボロ泣きしちゃったよ」と言ってくれたのはうれしかったですね。
――新型コロナで公演中止が相次いだ昨年から一転、今年は感染防止策を徹底し、人数制限などをしながら公演を続けてきた。
勘九郎:舞台に立てるということで責任を感じてきた一年でした。緊急事態宣言下に公演をしていることが多かったので、普段以上に気を使います。コロナ前の方がいろいろな役を何役も勤めていたので身体的には疲れていたのですが、この時期に芝居に出るとなると精神的にもとても疲弊してきます。心を強く持っていなければいけないなと思いますね。ありがたいことにこのように公演が続くと、どこか人間は慣れが出てきてしまいます。気の緩みは意識せずとも起きてしまうので、本当に一声一声律しながらやらないといけないなと思っています。