そんな様子を眺めていた僕に、彼女は一枚の紙をさっと差し出した。
そこには「SOS!」と書かれていた。
家に帰り、英語教師だった母に見せると、「助けてって言っているじゃない。何で助けてあげなかったの?」
Nさんは数カ月してまた転校していった。僕らは小学校2年だった。今でも休み時間に一生懸命翻訳をしていた彼女の姿を思い出す。
「今回の映画を観て、自分より上の世代には懐かしさを感じて欲しいし、今の若者には待つ大切さを知って欲しい。待てば必ずいいことが起こるから」と言う監督に「小学生のときに好きな人はいたの?」と訊ねると、「いた。大学生になっても会いたかった。今回の映画みたいに手紙を書くことはなかったけど(笑)。この子と結婚するんだ!って小学生の僕は公言してね」
「この映画をその人が観たら、もしかして監督のことを思い出すかも知れないね」と話しかけると、「いや、僕のことなんか、覚えていないかも知れない……」とZoom画面越しにはにかんだ。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年11月26日号