それでも俺たち下の者には優しくて、励ましてくれたり、サポートしてくれたりした。俺にも声をかけてくれたり、友達と飲むときには誘ってくれたりと、なにくれとなく気にかけてくれた。冗談を言ったりするタイプではないけど、関脇、大関になっても、下の者の小さなことまで気を遣って、思いやりのある言葉をかけてくれる、堅苦しい感じのない兄貴とかいう存在だったね。
二所ノ関部屋の佐賀ノ花親方が亡くなって、大麒麟さんが部屋の存続のために骨を折ったの知っているから、俺たちは「大麒麟さんが部屋を継ぐべきだ」って推してね。それが押尾川騒動になっちゃった。本当に下からの人望もある人。俺にとって大鵬さんは雲の上過ぎてピンとこなかったから、影響を受けたのはやっぱり身近な大麒麟さんだね。
相撲で下の者から慕われるのは、稽古をつけるときに親身になってアドバイスしてくれる先輩だね。俺のときは、黒鷲の東さんという人にお世話になった。ぶつかり稽古のときに、いつもパッと出てきて胸を貸してくれたんだ。最後のぶつかり稽古はきついけど、一番大事で、稽古の仕上げにやるもの。胸を貸した方は押されて踏ん張ったために、足の裏の皮がめくれて痛くて、それが嫌でみんなやりたがらないんだ。でも、東さんはいつも胸を貸してくれて、それも嫌なやつだと、羽目板にぶん投げるのもいるけど、東さんはきれいに相手になってくれたね。
大鵬さんが幕下から十両に上がって、グングン伸びていくときに瀧見山さんという方が胸を貸して、それが後押しとなってさらに伸びていったというしね。胸を貸すというのは力士にとって本当に重要なことなんだ。
他の部屋の力士で印象的だったのは陸奥嵐だ。彼は豪放磊落(ごうほうらいらく)、トラック運転手から相撲取りになったという変わった人。からだが大きくないから、強くなるとは思わなかったけど、彼は足腰が強くてそれで上まで行けたんだね。吊りが得意なんだが、普通は吊るときはあごを引いて力を入れるんだけど、彼はあごを上げた状態で吊るという独特のスタイル。あれでよく力が入るなと感心していたもんだ。