被災物の大半は、かつては誰かの生活の中にあったモノ。モノ語りには、暮らしの記憶が込められている(photo リアス・アーク美術館提供)
被災物の大半は、かつては誰かの生活の中にあったモノ。モノ語りには、暮らしの記憶が込められている(photo リアス・アーク美術館提供)

 展示は、次の表現を生む「呼び水」となる。見た人が、被災物に呼応するように、自分で表現し始める動きがある。神奈川県から来た小学生は、クマのぬいぐるみを見て、絵本をつくった。拾われたぬいぐるみが美術館に置かれ、持ち主が迎えに来てくれるのを待っているという物語。また地元の人が展示を見て、震災以前の思い出を語ることも多いという。そうしてモノと言葉を介し、表現し合う場がここで生まれている。

 物語は一般的にフィクションと分類される。この被災物のモノ語りも、創作とうたっているが、「本心を言えば、フィクションと言いたくない」と山内さんは話す。被災物として展示されている鉄骨には、山内さんの自宅のものもある。「我が家は、(中略)鉄骨ビルで、地区の一時避難所にもなってました。その3階と4階を借りてたんですが、根こそぎ流されました…」から始まるモノ語りは実話だ。当時、職場にいて助かったという。

 伝えたいのは、次への備えだ。「震災も津波も、必ずまた起こる。その前に皆で考えたいことがある」と言う。世の中はどんどん便利になる。しかし、災害になると逆に不便になる。「私たちは生き物として、ほんとに正しく生きていますか。生活そのものを見つめ直してみませんか」

リアス・アーク美術館 館長・山内宏泰さん(51)/1971年、宮城県石巻市生まれ。94年から同学芸員。美術、地域史、津波災害史などが専門。2021年から現職、学芸員業務も行う。著書に小説『砂の城』(photo 桝郷春美撮影)
リアス・アーク美術館 館長・山内宏泰さん(51)/1971年、宮城県石巻市生まれ。94年から同学芸員。美術、地域史、津波災害史などが専門。2021年から現職、学芸員業務も行う。著書に小説『砂の城』(photo 桝郷春美撮影)

■「体を鍛えてください」

 展示では、被災地で生活する中で得た情報や課題をキーワードごとに文章にまとめて紹介している。例えば「避難《生と死》」には、「(前略)とっさの判断では選択を誤る恐れがあるため、平常時から避難経路と避難場所は頭に入れておいてほしい」とある。歴史、文化、記憶、自然観、復旧などのキーワードからなる108の文章には、不安定な世の中で自分を見失わずに生きていくのに、知っておきたい知恵が詰まっている。

 講演に呼ばれることも多い山内さん。助言を求められたら、特に高齢者には「体を鍛えてください」と伝えている。「弱者であってはいけないという意識も必要。人の補助があれば、はしごが上れるぐらいの自己管理をしておく。体力づくりが備えになります」

 思いがけない事態は、どこにいようと誰にでも起こりうる。「人の行動が変われば、減災は可能だと思う。まだ間に合う。そこに希望を持ってやっています」

(ライター・桝郷春美)

AERA 2022年10月10-17日合併号

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