姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 今回の国葬は、正確には「故安倍晋三国葬儀」でしたが、どれだけの国民が「国葬」と「国葬儀」の区別がついていたのでしょう。一見、国葬令のような根拠法がなかったため、困って国葬儀という形を取ったようにも思えますが、むしろそれを逆手に取ったと考えることもできそうです。つまり、内閣の一存で決められる法律を援用し、三権の長をスキップして早々と閣議決定し、その経費は国費で充当し、限りなく国葬といえる儀典にしているのです。国葬儀という言葉は定着せず、国葬がひとり歩きしました。こういったレトリックによる重大案件の対処法は、戦前から存在する、ある種のお家芸です。

 国葬反対の声は最後まで消えることのないまま、海外から多くのVIPが国葬に訪れましたが、日本の政治の分裂を目にして改めて驚いたのではないでしょうか。岸田内閣の支持率は低空飛行のまま、国葬は起死回生どころか政権の致命傷になりかねません。その意味では今回の国葬は、虚(むな)しい「屋内のページェント」に終わったと言えます。

 ただ、今回の国葬前と国葬後で大きく変わった点があります。それは、国葬で露(あら)わになった分断が、さらなる大きな分断になる可能性を残したこと、明らかに国民の過半数の意思に反している政策であっても国が一旦(いったん)決めてしまえば、これを強行してしまえるということが明白になったことです。

 国葬が可視化したものは、安倍政治および、そのエピゴーネンの政治に対する、「イエス」と「ノー」の深刻な分断です。これをどう克服するのか、最大の責任を持っているのは、与党であり、政府です。これからどういう政治手法をとるのか、つまりポスト安倍時代にふさわしい自民党へと脱皮できるのかが問われています。これまでと同様に強行突破ならば、さらに分断の負荷は膨らむでしょう。「統治のエコノミー」からすれば、膨大なエネルギーが国内の分断修復に費やされることを意味しています。それは政治的な「不経済」以外の何ものでもないはずです。政府与党の重鎮は気づいているのでしょうか。それとも依然として「排除」と「分断」の政治を繰り返すのでしょうか。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年10月10-17日合併号