一方、パーソナルスペースを侵したり、侵されたりすることに無頓着な人もいるという。

「認知の特性でそうした概念が希薄な人が、10人に1人くらいはいます。その人たちは何の悪気もなく、自身のこだわりで席を選んでいるのだと思います」

 こうした行為が「トナラー」と認識されている可能性がある。

 20代の会社員男性は過去、電車で何げなく座ったところ、隣の人が不服そうな顔をして移動していくことが何度かあった。飲食店では、「なぜ隣に?」と苦言を呈されたこともある。

「悪気も何もないんです。電車ならここ、バスならここ、よく行くカフェならここ、と気に入っている席があります。あいていれば周りの状況にかかわらずそこに座りたいし、埋まっていてもあいたら移動できるよう近くに座りたい。最近は気を付けていますが、車両全体がどのくらい空いているかより、座りたい席の周辺に意識が向きます」

■近くにいる安心感

 強弱の差はあれど、こうした「こだわり」を持つ人は多いのかもしれない。

 コロナ禍によって、トナラーが増えた可能性もあるという。

「コロナ禍初期は社会全体に強い不安感情がありました。2年半たった今も、リモートワークが続くなど人とのかかわりが減っている人がいる。不安感が強いほど、誰かの近くにいることで安心感を得ようとする心理も働きます」(匠さん)

 トナラーの多くには、悪気も、特別な意図もないのかもしれない。そう考えると、長らく感じてきたモヤモヤが少しだけ晴れた気がした。(編集部・川口 穣)

AERA 2022年10月10-17日合併号

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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