『戦国武将を診る』などの著書をもつ産婦人科医で日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授の早川智医師が、歴史上の偉人や出来事を独自の視点で分析。今回は、ノーベル医学生理学賞で話題となった「古代人の交雑」について“診断”する。
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10月3日、2022年のノーベル医学生理学賞はスウェーデン出身の人類学者スバンテ・ペーボ(Svante Pääbo)博士に授与決定したことが報道された。下馬評ではmRNAワクチンを開発した女性科学者の名が挙がっており、ここ数年の傾向では実用性の高い研究に授けられることが多かったため、少し意外ではある。しかしながら、ペーボ博士はこの領域では第一人者であり、独マックス・プランク進化人類学研究所に赴任した20世紀末から、筆者の恩師だった故・大野乾博士に最も将来を嘱望されていた科学者だけに、その受賞は当然ともいえる。
クロマニヨン人とネアンデルタール人
一般に種が異なると、ラバやケッテイのように一代限りの雑種はできても稔性(子孫を作れる)の子孫はできない。現生(クロマニヨン)人は、形質や遺伝的に最も近いネアンデルタール人とは数万年ともに過ごしており、生存競争に勝ち残ったのが我々の先祖であり、体格は優れていても知的に劣ったネアンデルタール人は滅亡したと考えられてきた。
しかし、両者の形質を兼ね備えた化石人骨が出土したことから交雑の可能性が指摘されてきた。ペーボ博士は、クロアチアで出土した約3万8千年前のネアンデルタール人骨3体からDNAを抽出して全ゲノムシーケンスを解析し、5人の現生人類(アフリカ南部、アフリカ西部、パプアニューギニア、中国、フランス)のゲノムと比較した。
その結果、アフリカ2カ所を除く3人のゲノムとネアンデルタール人の一致が高く、アフリカで誕生したヒトの一部が、8万年前以降にアフリカを離れてユーラシア大陸に広がる前に中東近辺でネアンデルタール人と混血した可能性があるということ、さらに、ヒトの遺伝子の1~4%はネアンデルタール人に由来する可能性があることを明らかにした。
もともと、人類発祥の地であるアフリカでは遺伝子の多様性が高いのに対し、それ以外の土地では少ないため、たまたまの浮動でこのような結果が出た可能性は否定できない。 従来はPCRでネアンデルタール人と現生人類を比較し、交雑はなかったとする報告が多数を占めてきた。だが、ペーボ博士らは次世代シーケンサーを使って全ゲノムを網羅的に解析した結果から、定量的な結果を得たのだった。