しかし、今回の超法規的措置には特段の緊急性はなかった。今すぐ国葬にしなければ誰かが取り返しのつかない損害を蒙(こうむ)るという話ではない。さらにこの措置を正当化する「重さのある言葉」を首相が語ることもなかった。ただ法治国家のルールを軽視しただけだった。
首相がもしこの措置について国民の同意を求める気があったら、国民に向けて情理を尽くして語りかけたはずである。亡き元首相がいかに歴史に卓越した政治家であり、その功績が比肩なきものであるかを言葉の限り説いたはずである。国民の相当数は国葬の是非について態度を決めかねていた。だから、首相が故人への崇敬の思いを真率に語れば、国民の相当数は国葬を是としただろう。
でも、首相はそれを怠った。在職期間が長かった。内政外交に功績があったというような気のない文章を棒読みしただけだった。
国葬反対世論を創り上げたのは首相のこの不作為である。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2022年10月3日号