ビーチ・ボーイズはクルマと女の子がテーマだった。一転内面を描いた『ペット・サウンズ』にファンは混乱し、セールスも芳しくなかった。
リリースの1966年はベトナム戦争と公民権運動。能天気に音楽をやっている場合じゃないとばかりに彼はスタジオに通った。次作『スマイル』は頓挫、失意の中、自宅ベッドとたまにスタジオを覗(のぞ)く生活になった。
99年以降、復活した彼のライブに足を運んだが、悲しかったのはステージのブライアンが一度も笑わなかったこと。だがそれは恐らく鬱(うつ)病が治っていないせいだと理解した。
『ペット・サウンズ』の最後に収められた「キャロライン・ノー」をブルース・スプリングスティーンが「成長をテーマにしたポップスの最高傑作のひとつ」と語っている。「純粋さの喪失を歌っている。それに伴う心の痛みも」
マッチョなイメージのブルースと繊細なブライアンだが、内なる根っこは同じなのかもしれない。
言葉を通して心を通じさせる彼らの姿に僕らは少し元気になり、二人で『ペット・サウンズ』の素晴らしさをもう一度語り合った。
「作品で使われている管弦楽の素養をブライアンはどこで身につけたのだろう。今度また映画ができたらそれが知りたいね」
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2022年9月23・30日合併号