
自分に見えている世界は限られた範囲です。人には死角があり、思い込みがあるもの。でも、それに気付くのはとても難しい。相手と親しいほど、勝手なイメージを作り上げて、すっかり知っているつもりになってしまいやすいものです。メディアを通じて多くの人が親近感を抱いている有名人も、会ったこともない人たちから「裏切られた」「がっかりだ」などと言われがちです。
もちろん感想を言う自由はあるし、人の会話の大半はそんなゴシップ消費でしょう。でもそれがネットという公共空間に文字で打ち込まれるとまるで「世論」であるかのように見えてしまいます。もし、人にあれこれ言われる窮屈(きゅうくつ)な世間の憂さ晴らしに書き込むなら、批判でなく応援の言葉を書くのがいいと思います。それが「世論」と錯覚されれば、案外リアルな世間も気楽に生きられるようになるのでは。言葉には力があるのです。
◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。
※AERA 2022年9月12日号