途方に暮れた彼は料理をやめ、仏頂面で座っていた。幸い、炒める前だったので、私が別の肉で「修正」したが、たかがカレーでも海外のキッチンでやるのは大変なのだ。
正直、毎日いろんなことが起きる。でも、文句は一切言わないと決めている。私も家事の大変さは身に染みている。だから、
「毎日同じメニューでも問題ありません」
と宣言した。とにかく感謝だ。「50歳で子連れ留学したい」と言う私に、同行して家事までしてくれているのだから。
そんな夫に友だちができた。息子の同級生のパパKさん。実はKさんも、奥さんの転勤に同行している“駐在夫”だ。1年前、奥さんに転勤命令が出た。Kさんは家族のため、熟慮の末に退職し、今はリモートで働いている。古い日本の価値観で言えば、働き盛りの男性が、妻の海外転勤に同行する決断は並大抵のことではない。
私の夫もKさんも、駐在夫という同じ境遇だからか意気投合し、大リーグ・ヤンキースの試合を見にいくなど仲良くさせてもらっている。友人って大切だ。Kさんと飲みにいく夜の、夫の楽しそうな後ろ姿がそれを物語っている。
身近に駐在夫が2人もいたことに、
「時代が変わりつつある?」
と驚いていたら、実はニューヨークには駐在夫がけっこういることに気がついた。
大学の友人の日本人女性は、企業派遣で留学中。夫は休職し、駐在夫として小さな娘さんの面倒をみている。フルブライトの会合で知り合ったトルコ人夫婦も、妻の留学に夫が同行したカップルだった。トルコ人の夫は、私の夫を指して「同じ境遇!」とほほ笑んだ。
さらに、最近知り合ったチリ人のベンジャミンは自己紹介で、
「妻の転勤で仕事を退職し渡米しました。1歳の息子の世話が僕の仕事です」
と言った。
まだ1年も経たないニューヨーク生活で、次々と現れる駐在夫。日本人、トルコ人、チリ人――。大陸をまたいで女性が活躍している証拠だ。もし、100年前の女性たちに、駐在夫のことを伝えたら驚愕(きょうがく)するだろう。家族の幸せのために新しい選択をした夫たちは、多様な世界を実現する先駆者だ。
ちなみに、ベンジャミンの悩みは、帰宅した妻が服を脱ぎ捨てることだそうだ。
「仕事で疲れるのはわかるけど、僕も家事と育児で大変だ。自分の服ぐらいしまえ」
と妻に毎日言っているという。あれ? これって主婦の悩みにそっくりだ。どんなに仕事が忙しくても、自分たちがされて嫌なことは家庭でしないように心がけねばと、自分を戒めた。
※AERAオンライン限定記事