楽しい仕事だった。大きな場所で開くショーと違って、客もモデルも私達スタッフもみな友達のような間柄。ショーの前日は徹夜で最後まで手をぬかず、全てに目を通す森先生の本番での顔が輝いていた。緊張感溢れる表情が、モデルやスタッフ全員を元気付け、少しでもショーを盛り上げようとする。あの雰囲気はどこにもないものだった。
入江美樹さんには、いつもママ(ベラママ)がついていて、お得意の手料理をご馳走になったり、松本弘子さんからパリの情報を仕入れたり……。
ショーが終わると、モデルの着ていた服が観客の間にまわされ、手にとって見ることが出来る。シーズン初のデザインに皆夢中だった。
希望すれば、実際にモデルが着ていた服を買うことが出来る。モデルサイズなので細くてほとんどの人が寸法が合わないのに、当時37キロしかなかった私にはぴったり。丈だけ少し直せば着ることが出来た。おかげでショーで使った作品を必ず一、二着安値で手に入れることが出来た。今でも大切に持っているインドシルクのワンピースやベラちゃんが着た淡いピンクのウールのツーピースなど……あの時の情景が目に浮かぶ。
楽屋で目の前で裸になって素早く着替える彼女達のプロ意識にも感動した。数年前、松本で行われたセイジ・オザワの音楽祭が終わって楽屋に挨拶に行くとベラちゃんが居て、「セイジ! 私が森さんのショーで一緒だった下重さん!」と紹介された。憶えていたんだ……と嬉しかった。
森先生がニューヨークからパリコレと世界的に羽ばたくようになってからも朝日新聞主催のショーには必ず指名して下さった。品がよく毅然として美しく、仕事をする女性の憧れであり、その裏には彼女の才能を見つけ伸ばした御主人の支えがあった。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2022年9月9日号