映画「こどもかいぎ」公開前イベント、小学5、6年生対象の回。「子どもは反応が読めない難しさがあるけど、楽しいですね。とくに対面はリアクションがすぐに返ってくるし、今日は幸せでした」(撮影/馬場岳人)
映画「こどもかいぎ」公開前イベント、小学5、6年生対象の回。「子どもは反応が読めない難しさがあるけど、楽しいですね。とくに対面はリアクションがすぐに返ってくるし、今日は幸せでした」(撮影/馬場岳人)

■中学生でいじめにあう 人の顔色ばかり見るように

 動画の編集はしない。少々言い間違えても、ホワイトボードに足をぶつけて「イテッ」という声が入っても、授業を妨げなければ編集しない。

「その方がリアルさがあって、血が通った授業動画になるんです。編集を入れると、声のテンションが微妙に変わるし、集中力がそがれるので」

“リアル”は葉一が大切にしていることの一つだ。授業動画だけでなく、自身の弱点もさらけ出し、悩み相談に真剣に回答する。ネットを介するメディアゆえリアルから遠ざかるはずなのに、葉一の場合、学校の先生よりもリアルさを感じさせる。

 ネット上のリアル。それを創りあげられる秘密は葉一に備わった「距離感」にある。その感覚が養われた源流を辿(たど)ると、彼のいじめ体験だった。

 1985年に福岡県で生まれるが、父親の転勤で転々とし、小学校から群馬県に住む。いじめを体験したのは中学生のときだ。体操部員だったが、両親が共働きで、しかも妹が障害を持っていたので週末は妹をケアするため部活を休んだ。それがサボりだと言われ、やむなく退部。ふっくらした体形も女子生徒のからかいの的になり陰口がクラス全体に拡大。あろうことか教師も体形をネタに笑いものにする始末。人の視線が怖く、休み時間も廊下に出られなくなってしまう。そして自分はこの世に存在する意味がないと思うようになる。

「人の顔色ばかりみて生きていましたから、自分の発言や行動への反応をみて、相手はこう考えているのかなと想像する癖がついていました。すると相手の頭の中が少しわかるようになってきて。当時はそれをうまく使えてなかったのですが」

 しかし群馬県立館林高校に入学すると人生を変える人物と出会う。数学教師の松崎健一(55)である。当初卒業後の進路は専門学校だった。家が豊かでなく、目的もないのに大学に進学するのは親に悪いと考えていた。だが松崎の授業を受けると要点がクリアに頭に残る。苦手な数学が面白くなり、質問に行くといつも丁寧に答えてくれた。

■教師を目指して大学進学 理想と現実の狭間で悩む

 ふと小学生のとき、人に教えるのが好きだったことを思い出す。分かったときのハッという反応が好きだったのだ。松崎のような教師になりたい、と思った葉一は高2の冬、教師への想いを松崎に打ち明けた。すると「向いていると思うよ」という返事。松崎は3年生で葉一のクラス担任になると、彼こそ教師になるべきだと確信した。

「葉一は学級委員長でしてね。おとなしくて輪に入っていけない子に寄り添って仲間に引き入れていた。誰も置き去りにしない姿勢が印象的でした」

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