誰かと共同生活を送っていれば、誰しも多かれ少なかれ似たような経験をしているのではないでしょうか。「揚げ物をすると家中に臭いがつくと妻が言うから、家でフライや天ぷらは作らない」とか、「高齢の親が和食を好むので、家で洋食や中華は食べない」とか、「赤ん坊がいると熱いものを熱いうちに食べられないので、スープは作らなくなった」とか。みんな少しずつ譲り合い、相手に合わせて生活を送っていると信じているのですが、どうでしょう。

 それは決して我慢とか、自己犠牲ではないと思いたい。ましてや愛情でもない。先に述べたように、他人の人生を追体験する、異文化交流する、もっといえば新しい冒険に出るようなものだというほうが、私にはしっくり来ます。他人の目を通して見れば、自分が当たり前だと思っていた食習慣が実は奇妙なものかもしれないという事実に気づく。だって夫に指摘されるまで、私はケチャップを味つけに使う可否を問うたことなど一度もありませんでした。ケチャップを入れれば大抵のものはおいしくなると信じて疑わなかった。でも今では、パスタソースやチリビーンズを作るときはケチャップではなくトマトペーストを使うほうが味に奥行きが出ると思います。トマトペーストが手に入りにくかった時代、日本で手軽に西洋風の料理を作ろうと思ったらケチャップに頼るしかなかったのかもしれません。でも今はありがたいことにそこらじゅうで売っているのだから、使ったほうが断然いいと。

 新しい食文化に出会い、自分の味覚が変わっていく。それは喜びです。ただ、かつての食習慣を否定してしまってもつまらない。夫に出会って10年、そろそろ昔好きだった食べ物を思い出す頃合いかもしれない──。父が食べるおいしそうなナポリタンを見て、ちょっと考えてしまったのでした。ちなみにスパゲッティ・ナポリタン、多くのレシピはケチャップを使うように書いてありますが、横浜のホテルニューグランドで考案された元祖ナポリタンには、ケチャップは使われていないのだとか。ナポリタンの名誉のため(?)、念のため付け加えておきます。

〇大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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