
演者の振り付けで舞踏の練習をする家族連れのお父さんは村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』のTシャツを着ていた。その背中に小説の中で冒険を続ける「羊男」の行く末を思ったり、様々な夢想をして開演を待った。
夏休みにどこにも行けず、ひとりぼっちの男の子がボウケンに出かけ、公園から森の精霊たちに導かれククノチに出会う。ククノチとは木の神様。

精霊に扮するダンサーは肉体を躍動させてステージ狭しと隈(くま)なく踊り、客はダンスに鼓舞され先祖の住む幻想の地を目指す。照明、セットの展開が素早い。子どもの発想がいきなりどこかへ飛ぶのと同じ。いろんなことを同時に考える子どもの頭の中はいつもこうだ。ダンスのようにクルクルと落ち着かず、それは爽快ですらある。
「圭史、横浜に行ってきた。まだ人になりきれていない子どもが、初めて世界を知る瞬間を見たよ」とLINEすると、「今回の公演は、子どもと共に観ているあの空間の力が理屈を超えて物凄い高みに跳ね上がるんです」

圭史が森の世界へ誘ってくれた。つかの間の、ボウケンという素敵な真夏のギフトだった。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2022年8月19・26日合併号