今西千尋さん(左)と、博子さん(撮影/編集部・井上有紀子)
今西千尋さん(左)と、博子さん(撮影/編集部・井上有紀子)

「子どもはまだ小さかったので、伝えませんでした」(千尋さん)

 長男は最初はわかっていなかったそうだが、小学校4年のときに円形脱毛症になった。長女はしばらくの間、千尋さんと口をきいてくれなかった。

「ストレスをかけていたんだと思います。家族旅行も長女が小学生になってからは行かなくなりました」

 千尋さんは女性の格好をした姿を見た仕事関係者に「あの社長、おかまになった」とうわさされた。「どう生きたらいいのかわからない」と自殺未遂を起こすまで追い詰められた。

 そんな様子を見た博子さんは決意した。

「千尋さんの誠実さを知っているから、ファミリーとして支え合っていこう。子どもも小さいのだから」

 大阪市内のクリニックを一緒に訪れた。治療を重ねて、千尋さんは14年に性別適合手術を受けた。カミングアウトしてから実に10年かかった。

 手術の前に、博子さんは「私だって女性としてのプライドがあるから」と離婚を選んだ。

 それでも家族であることには変わりはなかった。病気になったら互いに看病し、時には一緒に食卓を囲み、家族旅行もした。

■長女に成人式の着付けを頼まれた

 ただ、法律上の家族でないと、入院中に面会させてもらえない可能性があることや、義実家の冠婚葬祭に出席しづらいなどの問題があるため、18年、博子さんは千尋さんの養子になった。博子さんは言う。

「単に好きだからでなく絆があるから、私たちは支え合っています。新しい家族の形を築けたんじゃないでしょうか」

 2004年7月に施行された性同一性障害特例法に基づいて性別を変更した人は、右肩上がりに増えて、累計で1万人を超えた。

 だが、2人は医師から「今西さんのように家族の関係を継続できるのは、まれ」と言われたという。

 千尋さんは言う。

「博子さんと子どもたちが、時間をかけて受け止めてくれたから、家族でいられたのだと思います。一昨年は長女が『成人式の着付けをしてほしい』と頼んでくれるまでになりました。ほんとうにありがたく思っています」

(編集部・井上有紀子)

AERA 2023年1月23日号より抜粋