次は鉛筆書きの練習をしました。グルグルとなぐり書きをする時の息子の筆圧はかなり強いのに、線をなぞろうとすると一気に力が抜けてクニャクニャの線になってしまいます。迷路は鉛筆の先を目で追えずにすぐに脱線し、瞬きをするたびにどこまで進んだかわからなくなり止まりました。

「コウちゃん、私の指を見て、目だけ動かしてみて?」

 先生は人差し指を息子の顔に向け、指を上下左右に動かすと、息子は頭を大きく動かして指先を追いました。

遊び感覚で楽しみながら通えた

「頭は動かさないで、目だけ動く?」

 息子は首のあたりにグッと力を入れたように見えましたが、やはり頭しか動きませんでした。

 その日は慣れることが目的だったのですぐに終了し、翌週から本格的なリハビリを始めることになりました。リハビリと言っても、このセンターのビジョントレーニングは遊びのようなイメージで、iPadのアプリを使って光ったところをタップするゲームをしたり、レゴで大きな街を作ったり、好きな色の輪ゴムを使って立体模型の点と点を斜めにつないだり。本人も楽しみながら通っていました。

 目を動かすために、先生の指先に赤いシールを貼り、シールを顔に近づけて寄り目や斜めに追う練習を重ねると、半年程で自由に眼球が動くようになり、数年後には視野が正常範囲まで広がりました。斜めの線に慣れるリハビリでは、カタカナの「イ」「メ」「ネ」を書く練習をしていると、はじめはフニャフニャだった線が、月単位で綺麗な直線になっていきました。線が書けるようになると、絵や工作も何を作ったのかがわかるようになりました。

やる気や好奇心が成長につながる

 息子が幼稚園の年長さんのときに描いたチャボの絵は、今でも部屋に飾ってあります。なぐり書きから始まったリハビリの、大きな成果でした。

 中学生になった今でも、息子は図形が得意ではありません。息子が通う学校では、数学βという図形中心の科目があり、さらに所属しているパソコン部ではプログラミングをしているので、きっと困難なこともたくさんあるのだと思います。

 それでもトラウマにならなかったのは、楽しいリハビリのおかげだと思っています。あの時、息子が苦手にしていることに気付いて指摘して下さった先生には、とても感謝しています。リハビリも、大人の押しつけではなく、子どものやる気や好奇心こそ、何より成長につながるのだと思います。

 今では障害の有無に関係なく、空間認知能力を楽しみながら高めていくスマホのアプリもたくさんあります。我が家では、子どもたち以上に夫が好んで遊んでいます。

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江利川ちひろ

江利川ちひろ

江利川ちひろ(えりかわ・ちひろ)/1975年生まれ。NPO法人かるがもCPキッズ(脳性まひの子どもとパパママの会)代表理事、ソーシャルワーカー。双子の姉妹と年子の弟の母。長女は重症心身障害児、長男は軽度肢体不自由児。2011年、長男を米国ハワイ州のプリスクールへ入園させたことがきっかけでインクルーシブ教育と家族支援の重要性を知り、大学でソーシャルワーク(社会福祉学)を学ぶ。

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