阪本順治監督が「これを撮らなければ前に進めない」との覚悟で挑んだ映画「弟とアンドロイドと僕」。自身の“分身”ともいえる役を盟友・豊川悦司さんに託した。AERA 2022年1月24日号の記事を紹介する。
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――主人公の桐生薫は大学に勤務する優秀なロボット工学者。他者とうまく関われず、古い洋館で一人黙々と、自分とそっくりなアンドロイドを作っている。
阪本:還暦が近づくにつれて「自分はこれから先、どこへ行くのか」という思いが生まれてきたんです。どうしても感性、技量、体力は若いときと同じにはならない。じゃあ衰えてきたいまの自分にできることは? そう思ったときに、これまで触ってこなかったテーマを描こうと。自分の根っこ、思春期のころから遡(さかのぼ)って「オレ、何考えてたかな?」を振り返ってみた。
豊川:最初に「これをやりたいんだ」と言われたときは、ちょっとびっくりしましたね。
阪本:僕は実家の屋根裏にちゃぶ台を持ち込んで、暗闇で空想をしているような子どもだったんですよ。そうしていると、だんだん自分の存在の輪郭が曖昧になって、自分が無くなっていくような感覚がある。そういう記憶も引っ張り出して、シナリオにしました。
――豊川さんはそんな監督の“分身”ともいえる役を引き受けた。
豊川:今回のシナリオは監督が“精神”で書いている。それを肉体にどう落とし込むか、そのギャップがなかなか埋められなくて苦労しました。やりたいことはわかるけど、具体的にどうすればいいんだろう?と。
阪本:いままでのシナリオと違ってあえて簡素に曖昧にしていたから。桐生の独特の動きも一度、豊川君に「監督、やってみてください」って言われたけどやりながら「あ、こうじゃないわ」って(笑)。いわばボール投げっぱなし。撮りながら豊川君の出してくれた「桐生」を受け止めて、それをどう作品として持続させていくかでもあった。