――映画にはある理由から疎遠だった父親への、桐生のこじれた思いも描かれる。
豊川:これまでの作品に「父親」が明確に出てきているものは、あまりないような気もします。
阪本:最近だと「半世界」(2019年)では少し父性を描いたね。私の親父が闘病に入ってから「父」を意識し始めたんです。自分はあまりにも父を知らなすぎた。子どものころから「阪神勝ったか負けたか」くらいの会話しかなかったし、東京と大阪で距離もあったし。病床で亡くなろうとしている父親を見ながら「なんかよく理解できないまま離れていくなあ」という感覚があった。それで今回も自然に筆が動いて、父と息子を描いたのかもしれない。
■「合鍵、送っていい?」
――映画が醸し出す孤独、焦燥、不安の空気が、コロナ禍のいま、より我々に刺さる。
阪本:撮影は3年前の秋ですけど編集中にコロナ禍に突入して、エンディングの余韻を変えたんです。いまの世相や状況を受け取ったうえで完結させた。いまこの映画をどう感じるかで、いまの時代が、人が、何を考えているのかを確かめることになればとも思っている。
豊川:つかむのは難しかったですが、僕は桐生のような少数派というか、根の暗さのあるキャラクター、好きですね。演じていて「愛してあげやすい」っていうのかな。幸せな役も楽しいけど「こいつ何を考えているのか?」を突き詰めていくような作業はおもしろい。
阪本:ありがとう。
豊川:ところで監督は一生、独身なんですよね?
阪本:辰吉君(注・ボクサーの辰吉丈一郎さん)とおんなじこと聞くねえ(笑)。20歳あたまのころは子どもが欲しかった。自分の子どもを育ててみたい、と思っていたの。でも映画界に入ってから先延ばし先延ばしして、ここまできちゃった。最近はいろいろ体にガタも来ているから「オレ合鍵、誰にも渡してないなあ。いまここで倒れたら誰も助けてくれないなあ」って思う。合鍵、送っていい?
豊川:ははは。
(フリーランス記者・中村千晶)
※AERA 2022年1月24日号