心配した友人はその後、何度も連絡をよこしてくれたが、Aさんは「夫と仲直りして、今はすごく優しくなったから安心して」と友人にうそをついてまで夫を守った。

 2年におよぶモラハラから逃れるきっかけは、1年ぶりに会った母だった。夫が家族と会うことを嫌がるため、思い立ったら会える距離に住んでいる母に会うのも久しぶりだった。

 母の顔を見た瞬間、こらえていた我慢の堤防が崩れて、涙が止まらなくなった。心配した母に自宅に帰るのを引き止められ、1カ月ほど実家に滞在。何があったのかと尋ねる母に、少しずつ夫のことを打ち明けた。言葉をなくして驚き、怒り、涙を流す母。それを見て初めて、「悪いのは私」という思いが「私が悪いわけじゃないかもしれない」と変わってきた。

 Aさんが夫からされたことが「モラルハラスメント(モラハラ)」と呼ばれることを知ったのは、実家にいる時に関連本やネットで被害者の体験談を読んでから。「これは私のこと?」と思うほど、そこに書かれていた被害者の体験と自分が夫にされたことが似ていた。Aさんは夫と離れた環境で初めて、精神的苦痛を与えられた「被害者」なんだと気付いた。

◆「僕は何も悪いことはしていない」と夫はつっぱねたが…

 離婚が成立したのは、それから約半年後のことだ。

 互いの両親を含めた話し合いでも、夫は「僕は何も悪いことをしていない」と突っぱねた。夫の両親もまた、息子を庇うばかり。以降の協議に応じないため、調停を申し立てたところ、1回目の調停期日で離婚が成立した。子どもはおらず、Aさんにも職がある。とにかく早く別れたい一心で、慰謝料も財産分与も請求しなかった。

「あのまま結婚生活を続けていたら、本当にボロボロになっていたと思います。この状況はおかしいと気付いた時、それを認めることは全てを失う気がして怖かった。でも、一歩踏み出したことで、あの環境から抜け出すことができて本当に良かった」(Aさん)

 根が深い夫婦間のモラハラ。結婚後に豹変するタイプはどんな人なのか。まだ、被害に遭いやすい人などいるのだろうか。続いて、専門家にアドバイスを求めた。(松岡かすみ)

>>【夫のモラハラ、被害に遭いやすい妻は魅力的な人? 「相手を支配したい」加害者の歪んだ甘え】へ続く

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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