結婚後も働いていたAさん。職場という家庭とは別の世界が逃げ場で支えになっている面もあった。だが夫より先に帰宅し、晩御飯や風呂の支度を整えていないと、ひどく怒られる。それを防ぐために「絶対に定時で上がらなくては」という気持ちもまた、強いプレッシャーだった。
Aさんは、「怒られないように」「機嫌が悪くならないように」と常に夫の顔色をうかがった。一緒にいると心が休まらず、いつしか夫の帰宅に怯えるようになり、眠れない日々が続くようになった。
モラハラとは、言葉や態度などによって相手の心を傷つける行為を指し、「精神的虐待」とも呼ばれる。その件数も近年増加傾向にあり、令和2年の司法統計(婚姻関係事件数申立ての動機別申立人別全家庭裁判所)によれば、離婚調停の申し立ての男女比は、男性が1万5500件なのに対し、女性は4万3469件と、女性の申し立てが男性の2.8倍。さらに女性の離婚原因の上位3つを見ると、1位:性格の不一致、2位:生活費を渡さない、3位:精神的虐待と、モラハラが高い位置にある。しかも、2位の生活費を渡さないという項目も、“経済的DV”とも呼ばれ、モラハラと密接に絡んでいるケースが少なくない。
もちろん、夫婦間で昔からあった事象が「ハラスメント(嫌がらせ、いじめ)」として広がったことで、「声を上げて良いことなんだ」という認識が強まったことも大きい。その一方でコロナ禍で家時間が増えた今、家庭内のモラハラ被害の増加も懸念されている。モラハラに関する相談実績も多い夫婦問題カウンセラーの高草木陽光さんは言う。
「夫から妻へのモラハラの特徴は、怒鳴って押さえ込もうとしたり、物に当たって威嚇したり、人格否定や見下すような態度を取るなど、支配的になる傾向が強い。被害者はモラハラを受けている間、ある種の洗脳状態にあり、相手ではなく自分が悪いと思い込んでしまいます」
◆涙を流す母を見て「私が悪いわけじゃないんだ」
モラハラは一種の洗脳――。つまり、夫婦関係を継続している間は、被害者は「自分が被害者」であることに気づかないことも多いのだ。
Aさんのケースもそうだった。
Aさんは友人につい、夫のついてこぼしたこともある。心配した友人は「旦那さん、ちょっとおかしいんじゃない?」「距離を置くべきでは」と言ってくれた。だがその時は、「夫が怒るのは自分が悪い」「夫は私のためにつらい思いをして言ってくれている」と本気で思っていたため、友人が親身になってくれても、夫を悪く言われるのはつらく、自分がダメだと言われているようにも感じた。