「家族を養うにはとても無理」

 目下、公務員試験の勉強中だという。

 極端な「市場主義」でどんどん高級化する塾の人気ぶりは、格差やゆがみの象徴でもあった。冒頭の男性が担当していた個別授業の受講料は1カ月に6千元(約10万円)とも言われる。

「あんな塾は閉鎖されて当然」

 と息巻くのは、中国版ウーバー「滴滴」の運転手として北京に出稼ぎにきている男性(48)だ。地元で妻と暮らす中学2年生の娘は、大学まで進学させたい。だが、毎月の稼ぎが約7千元(約12万6千円)の男性に、塾通いの費用を捻出することは難しい。

 中国の受験戦争は、全国大学共通試験の1点の差が「1万順位の差」と言われる熾烈さだ。義務教育は、日本よりレベルの高い英語力などの「結果」を出している一方で、公立校への投資は少なく、地方都市の教師の給与は北京の警備員並みだ。

 塾産業は受験を有利に勝ち抜きたい親子にきめ細かいサービスを提供し、みるみる高級化した。懇切丁寧な1対1の個人指導サービスなら、2時間で1千元(約1万8千円)前後。「名門校の先生が教えてくれる」という口コミの中学生向け補習クラスは、12人のクラスで90分授業10回が6千元(約10万円)と日本以上だ。子どもたちの心身の負担も問題になっていた。

 2歳の子どもを育てながらIT企業で働く女性(39)は、いらだちを隠さない。

「もし中国がこれまでやってきた『試験対策教育(応試教育)』をこの期に及んで変えないなら、人間への害は本当に大変なことになるわよ。国からすれば、それは想造力の欠如。ノーベル賞が取れないのはこの教育の土壌のせいだと思う」

 2千万人とも言われる大量の失業者を出す一見乱暴なやり方について尋ねると、彼女はのみ込むように一拍置いて、こう答えた。

「改革は必要なの。今までのやり方はもう合っていないんだから淘汰される。だったら早く死んでそのぶん早く生を得たほうがいいわよ」

次のページ