仏・AFP通信で東アフリカ・チーフフォトグラファーを務める千葉康由さんは、これまで30年ちかく、アフリカや南米をメインに報道の現場を渡り歩いてきた。3年前には、スーダンで民政移管を求めるデモを写した作品で世界報道写真大賞を受賞した。
そんな千葉さんは昨年、エチオピアのティグレ内戦を撮影することになった。
2020年11月、エチオピア政府軍とティグレ州政府を率いていたティグレ人民解放戦線(TPLF)との間で戦闘が勃発。数千人が死亡し、200万人以上が家を追われた。
「取材期間は2週間くらい。でも、こんなに中身の濃い取材をしたのは、たぶん初めてです」
この撮影以降、ティグレ州では海外メディアの取材は許可されていないという。
■帰ろうとした日に事態が急変
千葉さんが首都アディスアベバから北へ約500キロ、ティグレ州の州都メケレに降り立ったのは昨年6月中旬。当時、メケレは政府軍に制圧され、TPLFの姿はなかった。しかし、周辺の戦闘から逃れてきた避難民が大勢いた。
「武力衝突が始まったころ、エチオピア政府はピリピリして、メディアはティグレ州に入れなかったんですが、そのころは戦闘が一段落していた。それで、メケレで難民への人道支援の現場を撮影したいと、政府の窓口に申請したら、あっさりと許可してくれたんです」
メケレに降り立った千葉さんは学校を訪れ、そこに収容されていた難民の生活を撮影した。特に混乱もなく、街は「とても和やかだった」と話す。
ところが、6月22日、事態は急変する。
「帰りの飛行機に乗ろうとしていた日、空爆が起こった」
すぐさま千葉さんは、メケレから20キロほど離れた空爆の現場に向かった。
「ところが、途中まで行ったら、救急車が7台くらい引き返してきたんです。エチオピア軍が現場を封鎖して、中に入れてくれないという。結局、赤十字が政府と交渉して、翌日、救急車が現場に入れた。私は病院で空爆の犠牲者を撮影してから帰ろうと思い、飛行機の予定を1日ずらした」
ところが、それが運命の分かれ道となった。この日を境に戦闘が激化し、空路でメケレから脱出する手段は断たれてしまうのだが、千葉さんがそれを知る由もない。