母は、持ち前の面倒見の良さから、ほとんど母性に近い感情で、A子さんが結婚し家を出た後も父と一緒に暮らしてきた。だが父が退職し、家にいるようになると、いたたまれない気持ちになることが増えた。
一日をスケジュールどおりに過ごすことにこだわる一方で、仕事を辞めても一切の家事を手伝わない。それどころか、ますます怒りっぽくなった気がする。加えて、同じことを繰り返したり、何だか忘れっぽくなったようにも思えた。「認知症の入り口ではないか」と疑った母は、冒頭の電話を近くに住むA子さんにかけたのだった。
「病院に薬をもらいに行くついでに診てもらおう」「70歳を過ぎるといちおう診てもらったほうがいいらしい」などと父を説き伏せ、母とともに認知症に詳しい医師の元を訪れた。記憶テストとあわせて問診をし、しばらく考えているように見えた医師。その後、家族だけが呼ばれ、昔からの父の行動について質問を受けた。「なぜ今のことじゃなくて昔のことを聞くのだろう」と思ったが、その謎は診断を説明する言葉で解けた。
「認知症というより、発達障害と呼ぶべき症状でしょう」
医師からの言葉を聞き、驚きとともに、どこか納得がいった母とA子さん。「なんで父はこうなんだろう」と思ってきた数々の言動に対し、どこか救われた部分もあった。診断を機に、父の“特性”について知った。かつて「アスペルガー症候群」「自閉症」などと呼ばれた「ASD(自閉スペクトラム症)」という発達障害であること。興味や関心を持つものが限定的であること。コミュニケーションが苦手で、こだわりが強いこと。
短所ばかりでなく、「単調な作業も嫌がらずやり抜く」「生真面目に物事に取り組む」「記憶力が良い」「真面目でルールを守る」「嘘がつけず正直で正義感が強い」など、長所もたくさんあること──。そうした特性を知ることで、父に対する接し方が変わった。発達障害についての知識を深めるごとに、父に対するわだかまりも少しずつほぐれていったという。