2013年3月30日。東日本大震災で避難した人々が身を寄せる東京武道館(足立区)を訪れ、被災者に声をかける天皇、皇后両陛下(当時)
当時の石原慎太郎都知事が案内役を務めた。
2013年3月30日。東日本大震災で避難した人々が身を寄せる東京武道館(足立区)を訪れ、被災者に声をかける天皇、皇后両陛下(当時) 当時の石原慎太郎都知事が案内役を務めた。

 3月30日、平成の両陛下は足立区の東京武道館を見舞いに訪れた。そこは、福島、宮城、岩手の3県などから来た289人が避難生活を送っていた。

 前出の岩井氏がこう話す。

「石原都知事もこの行幸啓は、自ら出迎えて案内役に立った。そこで、ついたてや段ボールで仕切られた床や畳にひざをつき一人ひとりに声をかける天皇陛下と皇后さまの姿を目の当たりにしたわけです。見た目にも知事が衝撃を受け、表情がだんだん感極まっていくのがわかりました」

 行幸啓が終わったあと取材に応じた石原都知事は、当時心臓病を抱えていた天皇にこう勧めたことを明かした。

「被災地の悲惨さは想像を絶する。現地訪問には若い皇族方を名代に差し向けられては」

 平成の天皇は黙って聞いていた。しかし、去り際に石原都知事に歩み寄り、こう告げたのだという。

「東北はやはり、私が自分で行きます」

 現場の報道陣とテレビカメラの前で陛下とのやり取りの一部始終を語った石原都知事は、最後にこんなひと言をつぶやいた。

「男だねえ」

 岩井氏は、こう話す。

「石原氏の最大級の賛辞だったのではないでしょうか。皇太子の行啓の際に、声をかけると国木田独歩などを引き合いにざっくばらんに雑談に応じるなど、機嫌のよい時は、率直で憎めないところもある性格ではありました」

2013年 東京の最終プレゼンテーションでスピーチする高円宮妃久子さま
2013年 東京の最終プレゼンテーションでスピーチする高円宮妃久子さま

 石原都知事の五輪招致への皇室利用の路線は、第二次安倍政権下で、後任の猪瀬直樹都知事(当時)も引継ぎ、渋る宮内庁を押し切って2013年9月のブエノスアイレスで開かれたIOC総会への高円宮久子さまら皇族の引き出しに成功した。

その後、JOCの招致活動に絡む金銭疑惑が持ち上がる。皇室と宮内庁の危惧は当たったとも言え、今後に苦い教訓を残した。石原氏は良くも悪くも皇室に物議をかもして去った政治家であった。(AERAdot.編集部 永井貴子)