孤児として始まり家長で終わった佐兵衛の戸籍、三姉妹をはじめとする婚外子の多さ、戦争と個人の戸籍──物語が突き付ける問題を、遠藤さんは明るみに出していく。金田一耕助の人間像、事件が起きた時期をめぐる考察もスリリングだ。

「『犬神家の一族』の他にも、横溝作品には婚外子が重要な役割を持つ作品が多いんです。横溝正史には父親の横暴に対する批判、父性愛というものへの強い不信感があったのではないでしょうか」

 横溝の自伝によれば、彼の父親は妻子を捨てて人妻と駆け落ちし、横溝が生まれた。横溝の母の死後には、3番目の妻を迎えるなど異母きょうだいの多い境遇で、彼は育った。

「父の身勝手を根源とする家と血のしがらみが、いかに子どもに無用な苦痛を与えるものであるか、横溝は思春期にいや応なく思い知らされたのだと思います。金田一耕助は生涯独身でしたが、ある対談で横溝は『(結婚を)させてないんです』と答えています。この奇人探偵くらいは自由人として生きてほしかったんでしょうね」

 本書を読むと、横溝作品の人気の理由が見えてくる。

「『犬神家の一族』は家族制度の転換期の物語です。制度上はなくなったはずの“家”に縛られる苦痛、結婚や相続をめぐる騒動への共感、“家”や“血”という価値観への同調や疑問──いろいろなベクトルで人の意識を揺さぶる魅力があるのでしょう」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2022年2月14日号