遠藤正敬(えんどう・まさたか)/1972年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。専門は政治学、日本政治史。著書に『戸籍と無戸籍──「日本人」の輪郭』(第39回サントリー学芸賞)、『近代日本の植民地統治における国籍と戸籍』など(撮影/大野洋介)
遠藤正敬(えんどう・まさたか)/1972年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。博士(政治学)。専門は政治学、日本政治史。著書に『戸籍と無戸籍──「日本人」の輪郭』(第39回サントリー学芸賞)、『近代日本の植民地統治における国籍と戸籍』など(撮影/大野洋介)

 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

『犬神家の戸籍』は、横溝正史の『犬神家の一族』を戸籍の視点から物語を説く遠藤正敬さんの論考。飛び散る血しぶき、悲鳴、そして謎掛けとともに“展示”される死体──犬神家を襲った怪奇な連続殺人事件の背景には何があったのか? 血まみれの一族の系譜を「戸籍」をカギに著者はたどる。婚外子や養子が多い犬神家に見えてくるのは、日本社会に根強く残る「血」や「家」の秩序と価値観だ。戸籍制度から横溝作品を読む試み。遠藤さんに、同書にかける思いを聞いた。

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「『犬神家の一族』は有名ですが、物語を明解に説明するのは容易ではないでしょう。なぜなら家長である犬神佐兵衛の奔放なふるまいのせいで、登場人物の血縁関係が極めて複雑なものになったからです」

 そう語る遠藤正敬さん(49)の専門は政治学だ。これまで「日本の植民地政策における戸籍と国籍」「天皇と戸籍」などをテーマに、戸籍制度から近代日本のありかたを問いかけてきた。『犬神家の一族』もまた、物語を解くカギは戸籍にあるという。

「佐兵衛が歩んできた人生は、明治大正昭和と連なる近代日本の家をめぐる法秩序の変遷と重なり、同時代の“家族”にかかわる法制度や習慣の歩みを犬神家の中に見ることができるんです」

 戦後、家制度は廃止されたが戸籍制度は残った。生まれてから死ぬまで、戸籍には個人に生じる身分の変動が記録される。さらに日本の戸籍には「家族」が編製の単位とされ、先祖から子孫へと続く「家の系譜」となる特徴がある。

「犬神家の遺産相続や関係者の死亡、妾(めかけ)、婚外子、婿養子、孤児、氏姓といった家族をめぐる問題。さらには徴兵や復員、戦死といった戦争をめぐる出来事は戸籍と不可分の関係にあります。“家”や“血”の持つしがらみが、いかに当時の個人を縛り、振り回してきたのか、物語を読めばよくわかる。もつれあった因果の産物が連続殺人事件なのです」

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