入社してすぐ酒井さんと出会う。第一印象は「背が大きくて声も大きい」。穏やかな口調の吉田さんとは対照的
木村吉田さんが2023年からプレジデントを務めている「インキュベーションカンパニー」は、どんな仕事をするカンパニーですか。
吉田新しいビジネスを作っていく部門です。その中で私の仕事としては「新規サービス部」「クイックコマース部」「デジタルソリューション推進部」、そして新技術を研究開発する「オープンイノベーションセンター」の四つの部署を束ね、それぞれ連携しながら新事業の管理をしています。
木村デジタル技術などを活用した、これまでのコンビニにない新事業の創出を担っていらっしゃるのですね。吉田さんの現在に至るまでのご経歴も教えてください。
吉田かつては有線放送会社で新規事業をつくる部門に携わってきました。そこからゲーム会社を経て、ローソンにキャリア採用で入社。以来ずっと、新しいビジネスを組み上げることに携わっています。
木村御社は新卒で入社すると、一般的には店長や、本部と加盟店をつなぐスーパーバイザーを経験する社員が多いと聞いています。吉田さんは異業種からの中途採用なので、店舗運営に携わった経験はしていらっしゃらない、ということになりますか。
吉田はい。そのため新しいサービスのオーナー向け説明会でも、「現場の経験がないのに何がわかるんですか」と、厳しいお言葉をいただくこともありました。だから、長らく現場にいる方と話すことに苦手意識があったんです。酒井の部下になって、その時に貴重な経験をたくさんさせてもらったことで、意識が大きく変わりました。
酒井僕と出会った初めのころは「現場がわからない」と悩んでいるようでしたね。小売業には「現場が第一」という文化が根強く残っています。もちろんそれは何よりも「お客様を大切にしたい」という熱い思いがあってのこと。僕も現場にいた人間だからよくわかります。一方で他業種から来た彼には、僕らが当たり前だと思って見過ごしてきたものが見える、という強みがある。「なぜこうなんですか」「これは変ですよね」という着眼は、ローソンを前進させるために必要。彼が弱みを受け入れて強みに変えていくことが彼自身のテーマであり、上司として僕のテーマでもあったので、オーナーと話す機会を増やしたり、現場で僕が細かく説明したりすることで、現場の感覚を自分のものにしてもらおうと思いました。その彼が今は執行役員ですから、だいぶ成長しましたね(笑)。
吉田そう言ってもらえるとうれしいです。
PROFILE
1977年 | 兵庫県生まれ。大学時代にローソンなど様々な業界でアルバイトを経験する。 |
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2000 | 大学卒業後、大阪有線放送社(現USEN)に入社。 |
2007 | ゲーム会社に入社 |
2010 | ローソンに入社。Iビジネス部、ホームコンビニエンス部、ローソンフレッシュ事業部、事業開発部などに所属。EC事業の立ち上げ、JV企業設立など数多くの新規事業の立ち上げに従事。 |
2017 | デジタルコマース運営部部長に昇格。酒井さんの部下に。 |
2019 | 日本のコンビニエンスストアで初めて「UberEats」に加盟し、デリバリー事業を開始。 |
2022 | 環境配慮や省人化の取り組みを実践する「グリーンローソン」をオープン。 |
2023 | 担当していたデリバリー事業等の実績を評価され、インキュベーションカンパニー プレジデントに昇格。 |
2024 | 執行役員に就任。 |
机上で考えぬいても
現場でうまくいかないことも
ローソン 経営戦略本部 副本部長
酒井勝昭さん
1990年、ローソン入社。以来、現場・本社含めて様々な部署で事業に携わってきた。2023年、上級執行役員に就任。
吉田特に印象深い経験は、2019年に日本のコンビニエンスストアで初めて「Uber Eats(ウーバーイーツ)」のサービスを一部の店舗で開始したことです。デリバリーサービスは、お店のオペレーションに大きく影響するサービス。机上で丁寧に組み上げても現場ではうまくいかないところが出てきて、何度もダメ出しをもらいながら試行錯誤しました。
木村具体的にはどんなことに苦労したのですか。
吉田お客様の注文情報にしたがって店舗従業員が売り場から商品を集めるのですが、どこにあるのか迷ったり、似た商品が並んでいて注文情報のテキストだけではわかりづらかったりして、時間がかかってしまいました。そこで酒井が「対象商品のプライスカードに、ドットシールなどで目印をつけたらどうか」と提案。やはり現場を長く統率していたからこそわかることだと思いました。僕自身も実際に店で商品を集めて配送用バッグに入れて、自転車で回るシミュレーションをしました。
酒井店舗従業員の立場、配送員の立場を実際に体験してもらったんです。店頭に自転車を止めるスペースはあるか、配達中にアイスは溶けないか。体験することで改善点が見えてきて、よりよいサービスになります。
経営層が懸念を抱いても
「成功させたい」と挑む
吉田もともと「デリバリービジネスを始めたい」と経営層にプレゼンをした時は、8割以上が「それはきっと儲からない」と懸念していました。
酒井コロナ禍前のことですから。お客様に近いところに数多く出店しているコンビニエンスストアなのに、「なぜわざわざ配達するのか、そんなニーズがあるのか」と言われました。
吉田ただローソンは、見込みがあるかどうかわからないものは「やらない」ではなく「まずやってみて、できなかったら見直してみよう」と、チャレンジをバックアップする文化があるので、5店舗からテストを開始し、今はもうすぐ7千店舗になります。
木村そんなに広がったんですね。
酒井サービス開始からほどなくコロナ禍に入り、日本のデリバリー市場が成長するタイミングと重なったことの影響が大きいですね。でもコロナ禍が明けても、まだニーズがある。今後も若年層の価値観や、購買体験を反映していかなければならないと感じます。
吉田もちろん、新規事業はすべて成功するわけではないので、クローズせざるをえなかった事業もあります。一生懸命考えた事業を終了するのはつらいことですが、酒井は「あきらめたわけじゃない。さあ次こそ!」と切り替えが早い。そのメンタリティーも勉強になりました。終了したサービスは今考えると、お店のことを考えているようでいて考えが足りず、それが最終的にお客様に迷惑がかかるものになっていたと痛感しました。
吉田さんも実際に使ってみたデリバリーサービスで使うバッグ
大切なのは経験の有無ではなく
熱い思い、信念を持つこと
木村他に印象深い事業はありますか。
吉田2022年にオープンさせた、地域のお客様と一緒に未来に向けてつくるサステナブルな店舗「グリーンローソン」です。この事業では、ローソンでアルバイトをしていた学生時代の記憶を引っ張り出してお店の細部まで入り込み、オーナー、お店の方と一緒にお店づくりをしました。
酒井これを機に、大きく自信を持ったように見えましたね。まったく新しい店舗なので誰も答えを持ってないなか、自分が考えていること、こうありたいと思うことを、はっきりと伝えていかなければならない。覚悟が必要だと思うし、それに対するオーナーの考え、店舗で働く人たちの反応は本社では経験できないことですから。
吉田「フォー・ザ・ローソン」という、酒井に言われた言葉を強く意識して事業を進めました。この言葉は直属の上司になった17年から繰り返し言われ続けています。面談やたまに飲みに行った時にも、酒井から出てくるのはスキルや知識の話より、思いやパッションの話。ローソンでどういうことを成し遂げたいのか。お客様や加盟店に対してどんな信念を持っているのか。重要なのは現場を経験していることではなく、思いをしっかり持って伝えられるかどうかだ、と。
酒井現場に気を使ってばかりでは、なかなか変革は起きません。「気にせず進んで、何かあったら僕が責任をとるから」ということもたびたび伝えていました。
木村現場側からすると、従来のやり方のままのほうがスムーズにいく。新しいことを始めるのは大変です。それでも新しい事業を始めていくことが吉田さんの役割。そこを理解してもらうには、「ローソンのために」という強い思いが必要なんですね。今後はどのようなことを展望していますか。
吉田超高齢化社会や人口減少による人手不足などの課題があるなかで、コンビニエンスストアとして存在し続けるためには、様々なことを変えていく必要があります。新しい機能を付け加えて、守備範囲を広げていく必要もあるでしょう。それをどのように広げて、維持していくか。もう待ったなしの状況だと感じています。
酒井「マチのほっとステーション」というビジョンを具現化するにはどうすればいいか。物流の問題も含めて課題が山積していますが、彼なら新しいコンビニエンスストアのあり方を創造できると思う。みなさんが驚くような事業ができたらいいですね。
吉田課題解決のためには、ローソン一社だけではできないことも、たくさんあると思います。様々な企業、団体と手を組みながら考えていきたい。また他国でも日本と同じような課題が起きると予測されているので、日本での課題を克服したあとにグローバルに広げていきたいですね。