
「完璧なフォームで、完璧なタイミングで行ったら、跳んだ瞬間にもう穴に入ってて……」
まさかのアクシデント。だが心はまったく乱れなかった。続く「4回転トーループ+3回転トーループ」を美しく決めると、ピアノの音色に身体を委ねた。滑り終えると、凜(りん)とした表情で会場を見つめる。五輪の舞台を大切に滑り抜いた、という意思が伝わってきた。
「自分の感覚のなかではミスじゃないので、そのまま全然気持ちを切らさずにプログラムが成り立っていたように思います」
羽生にとってこのSPは、技術一つ一つをこなすプログラムではない。あくまでも2分50秒の芸術作品のなかに、身体表現としてジャンプが組み込まれている感覚だった。
■「氷に嫌われたかな」
得点は95.15点での8位。演技構成点は、各項目に9.75を出したジャッジがいるほど、至極の作品といえる滑りだった。
「95点出していただけたのはありがたいですし、それだけ他のクオリティーを高くできたことは自分をほめたいと思います」
演技から1時間ほどたち、興奮状態が収まったころ、改めて振り返る。
「すごく良い集中状態で何一つほころびのない状態でした。だからミスの原因を探すと整理がつきません。氷に嫌われちゃったかな」
少し悲しそうな表情を見せる。珍しく弱音を吐くと、その言葉を回収するように笑顔を作って言った。
「フリーは氷に引っかからないように(笑)。一日一善だけじゃなくて、一日十善くらいしなきゃいけないのかな。ショートのあとの時間を有効に活用しながら、完成されたものにしたいです」
(ライター・野口美恵)
※AERA 2022年2月21日号より抜粋