水野さんは以前、サザンオールスターズの愛称である「サザン」という言葉は夏の季語にならないのか、と質問を受けたことがある。認知度で言えば、サザンを知らない日本人はいないはずだ。水野さんはそのとき、こう答えたという。
「季語にしてもらいたいのであれば、『サザン』という言葉を詠み込んだ俳句を、あなたがまず作ってください。その句が万人に知れ渡り、心ある歳時記編集者の目に留まれば、季語になる可能性はあります」
意外な季語はないのか。
「意外な季語というのは意外とありません。植物や食べ物の種類で少しずつポピュラーになってくると入ってきますね」(水野さん)
実際、どんな季語が追加採録されているのだろう。
15年ぶりに今年改訂された『新版 角川俳句大歳時記』(KADOKAWA)の「夏」の巻が5月に刊行されている。担当編集者の鳥山華子さんに、新たに追加された夏の季語を挙げてもらうと、ざっと以下の言葉が並んだ。
【植物】マンゴー、青稲、ゆうな、ブーゲンビリア
【生活】サンダル、芝刈、冷やし中華、補植、肝だめし
【天文】南十字星
【行事】チャグチャグ馬コ、つぶろさし、ハーリー
さまざまな分野で新たな季語が加わっているのがわかる。鳥山さんは言う。
「『稲川淳二』ほどのインパクトはないかもしれませんが、他にも地方で見られる植物や行事などを取り入れています。俳句の世界では旧暦で季節を区切るため、立秋(今年は八月七日)以降は『秋』の扱いになります。『秋』の巻は8月末に刊行になり、こちらにも『ハロウィン』など新規に追加された季語があります」
俳人歴が20年を超える前出の水野さんはこう説く。
「季語であろうとなかろうと、好きな言葉を使って季節感のある俳句を作れば、それでいいじゃないかと考える人もいます。そもそも歳時記なんて関係ない、という考え方もあっていい。しかし、『季語』というからには、それを詠み込んだ俳句を作ってください。作品ありきなんです」
ただ、個人名が季語に絡む例外もあるという。有名人の没後に命日(忌日)が季語になるケースだ。
例えば、俳人の松尾芭蕉が亡くなった旧暦10月12日は「芭蕉忌(ばしょうき)」「時雨忌(しぐれき)」などと呼ばれ、冬の季語として定着している。
7月24日に亡くなった作家の芥川龍之介の忌日は作品名などにちなんで「河童忌(かっぱき)」と呼ばれ、夏の季語だという。司馬遼太郎や太宰治の忌日も季語として使われている。
「忌日を季語として使った俳句は結構ありますが、よほど有名人でないと難しいでしょう。歴史的評価が定まらない人の忌日の場合、季語と組み合わせて有季定型(季語を入れた五七五の句)にします」(水野さん)