保育士は子どもたちの命を預かる職業。その責任に比べて給与は低水準だ。行政も対策に乗り出し、処遇改善のためにさまざまな政策を行ってきたが、保育士の賃金が上がらない。その背景を追った。AERA 2022年8月8日号の記事から。
【図表】保育士の賃金や運営費の使い道をチェックする方法はこちら
* * *
保育大手のグローバルキッズが保育士の「名前貸し」を行い、東京都が同社に「特別指導検査」を行ったことが今年6月に公になった。少なくとも2015年4月から19年12月までの間、本社内で勤務する保育士資格のある社員19人を保育園で勤務していたかのように偽造した出勤簿を行政に提出。本部が関与し、過大な運営費を受けた。
同社の中正雄一社長は、内閣府の審議会「子ども・子育て会議」の専門委員でもある。今回の不正や保育士の労働環境などについて取材を申し込んだが、断られた。社内労組のグローバルキッズユニオンも、同様の質問書を会社に提出したが「ゼロ回答だった」と、佐藤良夫委員長は憤りを隠せない。
「毎年、保育士が大量離職し、大量採用する、の繰り返し。今回の不正が明るみに出なかったら、違反状態のなかで子どもたちが犠牲になったかもしれません。保育士不足は今も続いているのですから、社長は説明責任を果たすべきです」(佐藤さん)
一般的には大手企業の年収は高いイメージがあるが、保育業界では異なる。都のデータから大手の年間賃金を集計すると、グローバルキッズは平均で約361万円。「アスク」保育園を展開する日本保育サービスが約366万円、「にじいろ」保育園のライクキッズが約330万円、ポピンズが約348万円など、決して高いとはいえない。
なぜ保育士の賃金が低くなるのか。その大きな理由に、人件費を他の経費に流用できる「委託費の弾力運用」という制度の問題がある。
そもそも私立の認可保育園には、税金と、保護者の支払う保育料が原資となる運営費の「委託費」が市区町村を通して支払われる。かつて認可保育園は自治体と社会福祉法人しか設置できず、「人件費は人件費に使う」という厳しい使途制限があった。それが00年、営利企業の参入を認める規制緩和が行われた。同時に委託費の使い道を緩める「弾力運用」が認められた。人件費を、園舎家賃などのほか、本部経費、同一法人が運営する他の保育施設や関連事業にも回せるようになった。国は委託費のうち基本的な人件費分だけで約8割と想定するが、東京都の調査では、18年度の人件費比率は社会福祉法人で約7割、株式会社では約5割だ。
安倍晋三政権下で待機児童対策が政府の目玉政策となり、保育バブルが起こると、「保育はもうかる」といって参入する事業者が雨後のたけのこのように現れた。委託費は年間収入の4分の1まで流用でき、真っ先に人件費が削られた。不正経理も発覚。社会福祉法人フィロスは、委託費を東京本部に回し、関係者が16~17年度に合計1600万円も私的流用などしたことが都の監査で判明している。