タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

エッセイスト 小島慶子
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 夏はおばけの季節です。おばけは怖いですか? 出会ったことはありますか。

 私は見たことがありません。だけど、おばけが怖いので、ホテルに泊まるときはいつもちょっと不安です。私がおばけが怖いのは、人見知りだから。私的空間に知らない人がいたら落ち着かないでしょう。相手が生きていてもそうでなくても同じことです。だから、おばけがいる気がしたら、勝手に部屋に入らないでよ、宿代払ってるのは私なんだぞ!と叱って追い払っています。

 つまるところ、おばけは自分です。脳みそがおばけモードになると、なにかがいる気がしてしまう。怖いのは、他者を恐れる気持ちの表れともいえるでしょう。おばけは、生きる不安なのです。

 私の場合は脳のおばけモードを切り替えるのには、宿代がいくらだったかを意識するのが有効なようです。働いて生活費を稼ぐことが、私を現実に引き戻してくれる。それが自分の一番リアルな日常なのだなと、おばけの気配で確認することができました。

 一方で、理屈では説明できないことを否定もしません。人生にはときどき、不思議なことが起きるものです。そんなときは、怖がったり理由を探したりせず、こういうこともあるのかもしれないなと受け入れるようにしています。身を委ねるのもまた、生きることです。

もしも「おばけ」が怖いなら、それは自分の不安の表れかもしれない。お盆の時期、己と向き合うのもいい(写真:アフロ)
もしも「おばけ」が怖いなら、それは自分の不安の表れかもしれない。お盆の時期、己と向き合うのもいい(写真:アフロ)

 講演会でお客さんのお顔を見ながら、ふと「この中には亡くなった人もいるかもしれない」と思うことがあります。人気俳優の方と墓地でロケをしたときは、大入り満員の気配がありました。どうであれ、束(つか)の間でも、縁あって出会った方々に喜んでもらえるなら幸せです。

 もうすぐお盆。おばけは怖いのか、不思議なことは起きるのか。それもまた、己を知る機会。輪になって踊りながら、そんなことを思うのもいいかもしれません。

◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。

AERA 2022年8月8日号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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