「中村高康教授(東京大学)と私を含む教育社会学者の研究グループで、文部科学省の委託研究として全国調査を行いました。中央教育審議会初等中等教育分科会で発表した分析結果によれば、2020年の一斉休校期間中に、リモートワークしやすいホワイトカラー職を持つ大卒の親は、子供のためにICTを利用した学習環境を整えている傾向がありました。具体的には、小学校5年生の子どものために“休校期間中、オンラインで学習教材を使えるようにした”ことが“よくあった”と回答した親の割合を出すと、両親とも大卒で親の一人以上が在宅していた層で45%、両親とも非大卒で非在宅の層では14%でした。また、中学2年生と親の回答を用いた分析結果によると、デジタル教材などICTを利用した学習を“きちんとやった”生徒の割合は、両親大卒層で高く、両親非大卒層で低かった。一方で、”テレビゲーム機や携帯ゲーム機で遊ぶ”を”ほぼ毎日した”中学2年生の割合は、両親非大卒層のほうが両親大卒層よりも高かった。あくまで傾向ですが、どのようにICTを利用するかは家庭の社会経済的地位と無縁ではありません」
これらの格差を『家庭や子ども本人の責任』と言うのは簡単だ。しかし、保護者の社会経済的な違いによって、子どもの学習環境にさまざまな違いが生じている現実がある。
■根拠の薄い教育改革が繰り返されてきた
松岡准教授は「教育格差の実態とメカニズムを多面的・複合的に理解せずに金銭的な壁を下げる議論だけでは政策として不十分」と訴える。そのうえで、問題解決の第一歩として、分析可能な信頼できるデータを収集することの重要性を説く。
「現状を適切に把握しなければ、適切な対策を検討することすらできないはずです。しかし、『教育論の新常識』(中公新書ラクレ)でも詳述したように、これまでデータで社会全体を俯瞰せずに、エピソードの切り貼りによる『思いつき』による教育改革が繰り返されてきました。事前にデータ取得もせずに“改革”を行うので、どのような効果が誰にあったのかもわからない『やりっ放し教育行政』です。このような今までのやり方で、教育格差が突如縮小することを期待できるでしょうか。まっとうな調査を継続的に行って実態を把握すること、それに、教室で行われている教育実践から自治体や国の教育政策まで効果検証する必要があります。実態把握と効果検証を繰り返して知見を蓄積し、実践と政策を少しずつ改善するサイクルを確立すべきです」
さらに松岡准教授は、教職課程での「教育格差」の必修化を提案する。
「大卒となって教師になった人たちは、平均的には、社会経済的に恵まれた家庭出身者です。しかし、教職課程の大半は教育格差を体系的に教えていません。大学進学を当たり前だと思うような環境で育ち、大学でも知る機会がないままでは、社会経済的な困難によって学習意欲を持つことができない子どもやその保護者の言動を理解することは難しいはずです。『教育格差』を必修科目にすることは、改善への第一歩です」
そのうえで、「現職の教員が教育格差を体系的に知る研修も用意すべきだ」と訴える。
「教職課程と研修で何を学べばいいのか。このような問いに具体的に回答するために、昨年、構想5年を経て『現場で使える教育社会学:教職のための「教育格差」入門』(ミネルヴァ書房)を刊行しました。研究と現場を繋げるために、教育社会学者16名がそれぞれの専門を活かして書き上げた原稿を、大学生や教員などのべ約560人のコメントに基づいて推敲を重ねて作り上げた教科書です。今後も研究者として教育格差の実態を周知し理解者を増やすことで、『やりっ放し』ではなく『結果を出す』教育行政への転換を後押ししたいと思います」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)