さらに、小沢の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる事件も続いた。最終的には、西松建設事件、陸山会事件はいずれも、小沢とは関係ないとされた。
僕の推測だとね、検察は腹の中では、小沢はロッキード事件で逮捕された田中角栄の子分だから、きっと悪いことをしている、とにらんだのだろう。
加えて、民主党政権では、それまでの官僚主導の政治を政治主導に切り替えようとした。なかでも、小沢がかなり強引にやろうとした。
◆民主の政治主導 忖度官僚生む!?
例えば、事務次官会議を廃止したり、官僚に国会で答弁をさせなくしたり。不満を募らせた官僚たちが“反小沢”の思いを強くしていたはずだ。だから、小沢は官僚たちの総反発を受け、検察から潰されそうになった、と捉えている。
残念なのは当時、同じ民主党議員たちまでが、小沢を非難するなどしたことだった。これで小沢は民主党幹部に対して、怨念を持つようになる。(前述のように)野田の消費増税に反対し、党の瓦解を招いていった。
皮肉なことに、小沢が強引に進めようとした政治主導は後に、安倍内閣での「内閣人事局」などの形で体現化された。官僚たちが官邸に“忖度”するようになってしまったのは、ご案内のとおり。
だから、こうした近年の政治の“源流”は、当時の民主党がつくったと言えるね。そして、民主党政権の“主役”はとにかく小沢だった。
それにしても、日本の政治にとって政権交代自体はよかったと思う。
官僚主導から政治主導へ変えることは、僕も賛成だった。一方の自民党も下野したことで、その後は政権奪取のために本気になった。長年、政権を握ってきた自民党は、緩みが出ていたからね。
検察が動かずに、官僚の“総スカン”もくらわずに、民主党が政権を維持できていたならば、社会はよくなっていたかもしれない。
民主党はその後、立憲民主党と国民民主党に分かれた。とくに野党第1党の立憲民主党は、新たな代表に若い泉健太が就いた。