■行かなければ撮れないもの

 コロナによる自宅待機と、メタバースに象徴されるネット空間の更なる発展が、相互に作用し合って、フィジカルな世界に「写真を撮りに出かける」という当然の行為の意味を問い直させた2年間ではなかったか。その問題意識が、様々に交錯する選考となった。

 山元彩香氏の作品は、独自の美意識による完成度の高い世界だが、被写体が置かれている文化的コンテクストを読み取ろうとする鑑賞者が、躓いてしまうところがある。何故その意匠が必要なのか、何故そのポーズ、表情なのかという理由に、被写体との相互理解と生活の必然が備われば、説得力を増すのではないか。

 福島あつし氏は、独居老人たちの生の現実を、“他人”と“知り合い”との中間的な視点から観察しており、一つの時代の証言たり得ている。が、作家性が強く問われる選考の場では、今後の活動を見たいという声が強かった。

 顧剣亨氏の「Cityscape」は、テクスチャーが新鮮だったが、「身体性」の喪失という生々しい実感が求められる主題に対して、高層建築からの俯瞰図は茫漠としており、デジタル処理はその意味を汲み取りにくく、やや散漫な印象もあった。主題と方法との関係について、もう一歩踏み込んだ思索が必要だろう。

 西野壮平氏の作品は、視覚的な面白さが魅力だが、ステートメントで説明されている土地の特質を理解するために、この断片の集積の網羅的提示という手法が本当に有効なのか、疑問だった。

 吉田志穂氏の作品は、恒常的なイメージの過剰供給社会に生きている現実を、一旦、踏まえた上で、では何を撮るのかという問いと、その答えとしての写真の見応えが均衡しており、作家の時間的・空間的な経験が、鑑賞者に追跡されるドラマも効果的だった。山や鯨といった被写体は、ネット上に散乱する写真を凌駕して環境と結び合った存在感を示している。都写美の展示には疑問もあったが、今後の活躍が期待され、受賞を祝福したい。(小説家・平野啓一郎氏)

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1)続いて写真家・澤田知子氏の評価は……