■価値基準が激変する世界
ノミネートされた作品のスタイルはどれも、コロナの時代が始まる前に確立されたものだった。ある場所に赴くこと、人との関わり、身体性などをテーマの主軸とする作品が偶然にも集まっている。作家たちも厳しい生活を強いられるなか、新しいイメージを加えることで作品を未来につなげようと、真剣に制作を続けてきたことが作品から伝わってきた。
しかし、まさにその努力によって、“ニューノーマル”時代における彼らの視線のゆくえが、曖昧になっているようにも思えた。
なぜならこの2年、世界中で巻き起こったあらゆる格差是正の運動や権利獲得の闘いを目の当たりにした鑑賞者=わたしたちは、(とても健全で、前向きな意味で)以前と同じように作品を見ることができなくなっている気がするし、むしろそうであるべきだろうとも思うからだ。したがって、選考会では価値基準が激変する世界にあってなおシリーズに発展性が感じられ、同時にいまを生きる人々の鬱屈を照らす光になりうる作品かどうかを意識した。
「測量|山」をはじめとする吉田志穂氏の作品は、少し前なら気にもしなかったことに目がいき、違和感を覚えるという、コロナの時代にありがちな経験をわたしに押しつけてこなかった。インターネットから拾った山の写真と実際の山を共に撮影し、そのイメージをさらにプリントして展示し、その様子もまた撮影して写真集にする。そのスタイルのせいか、写真集『測量|山』を眺める行為は単なる「鑑賞」ではなく、自ら作品の一部として世界とつながる、なにか別の経験であるように思えた。
イメージをただ眺め、享受するという役割に鑑賞者を固定しないことは、自由な外出や人との関わりを禁じられた人々に主体としての自分を思い出させたり、参加によって生まれる帰属意識を持たせたりすることを可能にする。だからこそわたしは、人のいない景色を眺めているにもかかわらず、そこに血の通う肉体を感じたのかもしれない。(写真家・長島有里枝氏)