「お芝居をするときは、些細な変化にでも、常に反応していくことが大切だと思います。何度も反復しているからといって、そこに慣れてしまってはダメ。何度同じセリフを言っても、毎回、物事が初めてそこで起こったように反応していかないといけないのが役者です。僕は、10代の前半は、若気の至りで、『自分は天才肌なんだろうな』みたいに思い込んでいたけれど(笑)、1回やったことを吸収する能力はあっても、新しいことにチャレンジすることにはすごく不器用でした。本当は、毎日エクセルを打ち込んでいたりとか、そういう仕事のほうが向いているタイプなんだと思います」

 そう言って力なく微笑んだあと、真っ直ぐに前を見て、「でも」と続けた。

「お芝居は、そういう一筋縄でいかないところが面白さでありやりがいなのかな。うまくいかないその葛藤が、役によってはいい影響を及ぼしたりもします。僕らは人間を演じているので、不器用に取り組むことが人間臭さにつながることもありますし。台本を渡されてすぐ芝居ができる人イコール芝居がうまい人ではない。芝居の現場に立つまでに、どれだけの選択肢を想像し、どれだけの設定を体の中に入れられるかという意味で、俳優は、準備が一番の仕事だと思います」

 この4月からは、16年間の俳優人生で最も大変な“準備”に追われることになりそうだ。5月にPARCO劇場で上演される舞台「エレファント・ソング」は、精神科病院の診察室で繰り広げられる会話劇である。突然失踪したローレンス医師の所在を知るために、病院長のグリーンバーグは、彼が担当していた患者マイケルとの対話を試みる。井之脇さんが演じるのは、真偽のわからない会話や象についての意味のない無駄話にこだわる患者・マイケルだ。初めて戯曲を読んだときに「マイケルは僕だ」と思えたほど、運命を感じた役だった。

「今まで、僕が演じたことで、僕なりの役になったのかなという多少の自負はあっても、ここまで、『この役は僕がやるんだ』と直感した役は初めてでした。マイケルを他の人にはやらせたくないと思った。人を翻弄するようなことを言いながら、その奥に何かとてつもない、闇なのか光なのかわからない何かを抱えている。とても難しいと思うけれど、そこにはチャレンジするやりがいがたくさん詰まっていて、これを演じることができたら絶対に成長できると確信しました。今持っている自分自身のすべてを出し切るためにも、この役は僕が今やりたい。そう思ったんです」

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