子役として活動して16年。同世代の俳優に刺激され、“映画好き”から“芝居好き”になった俳優の井之脇海さん。俳優人生で初めて、「これは僕だ!」と直感するような役と出会い、新たな飛躍を誓う。
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黒沢清監督の「トウキョウソナタ」で、香川照之さんと小泉今日子さんの息子役を演じたのは、小学6年生のときだった。子供の頃から映画が好きだったこともあり、当時は、物語の世界に入り込めることを純粋に楽しんだ。中学に進学すると成績はオール5で、「勉強でもスポーツでも芝居でも、ちょっと頑張れば大体のことはできちゃうタイプなんだ」と思っていた。
高校生になって、3夜連続のスペシャルドラマ「ブラックボード~時代と戦った教師たち~」に、生徒役で出演したときに、「自分は器用」だと思い込み、伸びていた鼻をへし折られる出来事があった。
「同じ生徒役で出演した染谷将太くんと志田未来ちゃんの芝居に圧倒されたんです。二人は、スタートからカットがかかる3分とか5分の間に、役柄が持つストーリーを引っ張り込んで、感情を一瞬にして放出させていた。僕は、2人の役として生きるエネルギーに何も対抗することができませんでした。『このままじゃダメだ』と、自分の力不足を思い知らされたのはそのときです」
以来、新しい役と出会うたびに、その役の背景について、なぜその役がこのセリフを言うのか、その動機についてなど、芝居に関して自分ができることを必死で考えるようになった。
「最初は苦しかったです。でも、その苦しさが重なるうちに、あるときふと、充実感とかとんでもなく楽しい瞬間に出会えるようになった。取り組みのほんの一部かもしれないけど、『できた!』と思える瞬間があったり、一緒に芝居をする相手とつながれる瞬間を感じられるようになったんです。そうしたら、クレッシェンドな感じで『芝居が好き』という気持ちが膨らんでいきました」
演じているとき、不意に自分の中で小さな奇跡が起こる。はたから見ても気づかないような些細な変化だが、井之脇さん自身は、その変化を積み重ね続けられないと、時間が止まったように感じてしまうという。