スイスでは、1960年代の米ソ冷戦下でのキューバ危機を受けて、全戸に核シェルターの設置を義務づける連邦法が成立している。
そのスイスとイスラエルは100%。ノルウェーが98%、アメリカが82%、ロシアが78%、イギリスが67%だ。
一方で日本はわずか0.02%。多賀元大使は言う。
「広島・長崎で原爆の被爆国となった日本にとって、核兵器は最終兵器。『もし使われれば人類はおしまい』といった感覚があると思います。しかし諸外国は違う。ましてプーチンは、核兵器を大型の爆弾程度にしか考えていない、といわれています」
多賀元大使は、ラトビア外務省の局長と懇意だった。この局長は、ロシアの軍事戦略の要は核である、として次のように話していた。
「ロシアの通常兵器は、量と質で西側に劣る。逆に、核兵器については、広島型の数分の1の出力の戦術使用の小型核を保持していると見られ優位にある。この核兵器で戦力不足を補う戦略を取るのがロシアである」
多賀元大使がラトビア大使3年目となる2014年には、ロシアがウクライナ南部のクリミア半島を武力で併合するクリミア危機が勃発した。このとき、ラトビアもまた核の危険にさらされた。というのも、ロシアは核兵器を搭載した戦略爆撃機を何度もバルト海上空まで飛ばしてきたからだ。
外務省局長は、何度もこうつぶやいていたという。
「核を積んだ爆撃機が事故や攻撃に遭えば、ラトビアも巻き込まれる。生きた心地がしない」
■プーチンに再び「核カード」
クリミア併合のあと、プーチンは一連の出来事を振り返ったインタビューを受けている。
「プーチンはその中で、『クリミアでは、核兵器を準備していつでも使える状況にしていた。もっとも、結局使わなかったが……』と明かし、核のカードをアピールしていました」(多賀元大使)
今回、ウクライナに侵攻したプーチンについて、日本でも「プーチンは正気を失った」といった精神的な不安定さを指摘する声が出た。だが、核のカードをいとも簡単に切るプーチンの危うさは、8年前のクリミア危機のときに周辺国はとうに認識していた。
「いまになって、特別暴走したとも思えないが、米国側は、プーチンは側近を追放し、情報機関とも距離が開き孤立気味だと伝えている。こうした状況がプーチンに再び核のカードを切らせないことを願いたい」(多賀元大使)
ロシアの脅威と隣り合わせで生きる周辺諸国にとって、情報収集と分析は生命線だ。プーチンの動向については、常に観察と分析を重ねている。ウクライナへの武力支配を進めるプーチンについて、多賀さんはこう分析する。
「プーチンの頭には、冷戦で負けたロシアの屈辱をそそぐべく、帝政ロシア時代の版図と栄光を取り戻そうという考えがあると思われます」(多賀元大使)
(AERA dot.編集部・永井貴子)
※記事後編<ウクライナに降伏を促す声は「ロシアの本質を知らない人の発言」 元ラトビア大使が語る“狡猾”の歴史>に続く