定年後も働くシニアが増えている。「70歳現役社会」の実現に向けて、国も法整備を進める。とはいえ、コロナ禍では再就職や独立はハードルが高い。まずは再雇用で働きながら、じっくり準備し、自分と向き合おう。「自分の強み」や「やりたいこと」が見えてくる方法とは──。
「いい包丁じゃないですか」
「切れが悪いので、しまいっぱなしだったんです」
生徒さんとの和やかな会話の中、都内の自宅の一室で、「砥石を使った簡単家庭両刃包丁研ぎ研修」が始まった。
講師の豊住久さん(71)は、2014年から、ストリートアカデミーが運営する「ストアカ」で包丁の研ぎ方などを教えている。
約2時間半の授業が終わるころになると、包丁の重みだけで、スッとトマトが切れるようになった。「切れない包丁が新品同様によみがえる」と反響を呼び、生徒数は延べ1600人超にもなった。
「生徒さんの喜ぶ顔やレビューの評価を見ると、やりがいを感じます」
豊住さんは目を細めながら笑う。
元々は大手外食チェーン店で店舗営繕のエンジニアや営業など、さまざまな部署で経験を培ってきた。60歳で定年退職後、再雇用の道もあったが、会社を離れ週2日で事務のアルバイトをしていた。
転機が訪れたのは町内会のお祭りでの出来事。
「お祭りで妻が飲食の出店を手伝うことになり、調理で使う包丁を研いであげたらそれが大好評で、町内会の方たちに包丁研ぎを教えることになったのです。『定年後もわくわくする仕事がしたい!』と思っていたので、包丁研ぎを教えることを仕事につなげられたらいいな、と思った瞬間でした」(豊住さん)
40代半ば、営業部に所属していた時、「ここの店のとんかつはいつも衣がはがれている」と客からのクレームが寄せられたことがあった。
近所のとんかつ屋の店主に聞くと、包丁に原因があることに気がつき、問屋街の合羽橋(東京都台東区)の職人から見よう見まねで包丁研ぎを教わった。アルバイトでも覚えられる包丁の研ぎ方を研究し、マニュアル化した経験が定年後に生かされた。