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 そうした医療の進歩がまだ庶民まで到達していなかった19世紀、その平均寿命を初めて延ばしたのは「疫学のデータ革命」だった。ロンドンでコレラが集団発生していたとき、その空間的・時間的分布のデータを集め、分析して、流行を抑制し、発生を最小限にとどめる方法を体系的に考えた先駆者のおかげだ。

 そうした貢献者の働きは地味で、大きな銅像は建てられていないが、伝染病が日常の現実だった時代に、大勢の人びとの命を救った勝利はもっと祝われるべきだ。現在のコロナ禍において、今日は何人が重症化したか、入院患者の増加率はどうか、といった最新の数字が利用できるのも、彼らが構築した枠組みがあってこそなのだ。

 さらに話は人びとが口にするものにおよぶ。まずは「牛乳と水の殺菌」。19世紀半ばのニューヨークで、ウイスキーのかすを餌にして育てた牛の乳に石灰を混ぜた牛乳が売られていたという衝撃的な話に始まり、パス・ツールの開発した低温殺菌法を施した牛乳を庶民に広めた百貨店オーナーまで話題が広がる。飲料水を塩素で殺菌するなど、当初は狂気の沙汰に思われたが、それを大胆に敢行した医師のおかげで、乳児死亡率が大きく下がったという。

 そして「食料生産と栄養」の向上がある。皮肉なことに、第1次世界大戦に備えて爆弾製造量を増やすために開発された人工アンモニアが、化学肥料という新しい概念を生み出し、農業生産を飛躍的に伸ばして、大規模飢饉を撲滅した。1920年代にヒヨコの発注ミスをきっかけに始まったブロイラー養鶏場もまた、生産方式に対する批判はあるものの、人びとの食生活を変え、栄養状態改善にひと役買ったことは確かだ。

 そして平均寿命を延ばした比較的新しい要因は「機械の安全性」だ。鉄道機関車、飛行機、自動車など、生活向上を目的としたテクノロジーが人の命を奪うようになった。とくに自動車は20世紀の発明のなかでもマシンガンに匹敵する数の人を死なせた。メーカーがそれは物理的に仕方がないことと消極的だったのに対し、衝撃を和らげることはできるはずだと、屋上から卵を落として割らない装備の実験をしたり、時速100キロのスピードを生身で体験したりして、安全策を研究した人たちのことが語られている。そして最終的にメーカーの態度を変えさせたのは、メディアの力を使ってその重要性を訴えたジャーナリストや、事故で娘を失って活動家になった母親たちだったという。

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