スティーブン・ジョンソン著/大田直子訳『EXTRA LIFE:なぜ100年間で寿命が54年も延びたのか』※Amazonで本の詳細を見る★第1章試し読みはこちらをクリック★
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 それに対して『Extra Life』が語るのは数字の話、わずか1世紀で人びとにプラス2万日の人生がもたらされた話である。こうした歴史本は構成が難しい。ヒーローが1人ではなく1000人もいる。年代順に説明しようとしても、イノベーションが次々に出てきて直線的な時系列では収まらない。そのうえ、進歩を促したイノベーションそのものが、ほとんどつねにほかのイノベーションとの共生関係に巻き込まれている。

 結局、著者は物語を8つのカテゴリーに分け、新しいアイデアが生まれた経緯と、そのアイデアをイノベーションに結実させるべく奮闘した人びとの話を、生き生きとした語り口で綴っている。

 まずは「平均寿命」という概念そのものだ。現存するアフリカの狩猟採集民族を研究する人類学者が、歳を数える習慣のない彼らの平均寿命を推定するという難題に取り組む話から始まり、17世紀にロンドン市民の死亡記録を丹念に読むことで、初めて平均余命を計算した人物が紹介される。いまでは人口統計学で当たり前の平均寿命が、そもそも貴重な概念であることを思い知らされる。

 そして当然、医学の進歩は重要だ。ひとつは「ワクチン」。天然痘を予防する種痘といえばイギリス人医師のエドワード・ジェンナーの名が知られているが、じつは患者の膿を健康な子どもに植えつけるという野蛮ともいえる方法はずっと前から行なわれていて、それをイギリス社会に広めたのは聡明で勇敢な貴族階級の母親だった。しかもアメリカではジェファーソン大統領が空き時間にワクチンの治験をしていたという。

 感染症を治療する「抗生物質」についても、アレクサンダー・フレミングの発見が有名だが、大量生産するための方法を開発したのはほかの研究者の地道な努力であり、当時は第2次世界大戦中で、兵士の死を防ぐために大きなニーズがあったという状況もまた、イノベーションの実現に大きく寄与した。

 そして「薬の安全性」に関しては、かなり衝撃的である。18世紀初め、医療を利用できた貴族のほうが庶民より寿命が短かったのは、当時の医療が百害あって一利なしだったからだ。ところが20世紀に入ってもなお、百害あって一利なしの薬が市場に出回り、大きな薬害を引き起こしていた。薬の効果を証明することが義務づけられていなかったからだ。効果の試験方法が確立され、政府による監視制度が整ってようやく、薬が平均寿命の延びに大きく貢献するようになった。

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平均寿命を初めて延ばしたのは「疫学のデータ革命」だった