ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「小泉今日子」さんについて。
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今から40年前の1982年は、松本伊代(厳密には81年デビュー)・早見優・石川秀美・堀ちえみ・中森明菜・小泉今日子・三田寛子・原田知世など、錚々たるメンツがデビューした「アイドル最大の豊作年」と言われています。この年のレコード大賞最優秀新人賞に輝いたシブがき隊を含め、彼女らは「花の82年組」と呼ばれ、80年デビューの松田聖子・河合奈保子・柏原芳恵・田原俊彦、81年デビューの近藤真彦・薬師丸ひろ子らと合わせ、80年代前半における「アイドル歌手黄金期」を確固たるものにしました。
今年はそんな「82年組」にとって節目のアニバーサリーイヤー。中でも「小泉今日子・31年ぶりの全国ホールツアー」は、もっとも象徴的なトピックではないでしょうか。私も先日の中野サンプラザ公演を、様々な大人の手を使い観に行くことができました。人生初の生キョンキョン。デビュー曲「私の16才」から「潮騒のメモリー」に至るまで、まさに時代を跨いだ大ヒットの乱れ打ちは圧巻のひと言。56歳になってもなお、ほとんど変わらない歌声(キーはもちろんのこと、声量やニュアンスなどのいわゆる「キョンキョン節」)には、ある種の「化け物感」すら覚えました。実は聖子や明菜以上に、90年代以降も継続的にヒット曲を出してきたのはキョンキョンです。3人の中ではもっとも「脱力・無欲・器用」に見えたキョンキョンですが、40年経って分かるのは、いかに彼女が深い業と性(さが)を背負った歌手であったかということ。
自らの生き様をまるごと捧げるかのような熱さに満ちていた聖子・明菜とは対照的に、キョンキョンはいつもどこか冷めた印象でした。これは今で言うところの「逆張り」です。逆張りとしての「無欲さ」を見せ続けるためには、絶えず研ぎ澄まされた貪欲さを保っていなければならず、そのバランスがちょっとでも偏れば、途端にただの過激ちゃん不思議ちゃんで終わってしまいます。「押す」より「引く」方が、細やかなエネルギーを必要とする。その賜物がアイドル・小泉今日子なのです。