「僕は中学時代から絵を描いていてね」

 席につくなり石原さんは村上隆さんと美術談義を始め、次第になごやかな雰囲気になっていった。

「ではまた」と石原さんが自分の部屋に帰ったと思いきや、取材した応接間にすっと戻ってきて、「君は何をしているんだ」と僕に訊いた。「村上さんの事務所で働いているの?」

 いや、こうしてラジオディレクターをしていますと答えると、「そうか。だったら、何かを残すような仕事をして下さいね」

 石原さんはそう言い、僕に名刺を差し出した。

「東京都知事 石原慎太郎」とたった2行の文字が印刷されていた。

石原氏がくれた名刺
石原氏がくれた名刺

 石原さんの訃報に、僕は机の引き出しにしまっておいた名刺を取り出し、あのニコッとした笑顔に思いを馳せた。

 そういえば久しぶりに竹花豊さんと食事した。石原さんのスカウトで警察官僚で初の副知事になった人だ(この方もご近所!)。就任の際、警察の先輩で高名な政治家にアドバイスをもらった。「石原さんは政治家でなく小説家と思え。そうすれば腹も立たない」

 その言葉を胸に通りいっぺんでない報告をすると、上機嫌でふむふむ耳を傾けたという。根っからの小説家の石原慎太郎さんだった。

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中

週刊朝日  2022年4月29日号

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