冒頭の大学生やこの女性のように、マスクを装着することで安心感を覚えている人は少なくないようだ。

 精神科医の井上智介さんが解説する。

「実は、マスクがバリアーや防御の役目を果たすという心理は、コロナ禍前からありました。マスクで顔が隠れるのは、自分が人目にさらされる部分を少なくすることでもあります」

 コロナ禍でメークも運動もしなくなり、めっきり老けた自分を今さらさらすのは恥ずかしい。

 この心理の裏にあるのは、マスクによって自分を隠す「匿名性」による安心感なのだと井上医師は話す。 井上医師は、産業医として多くのビジネスパーソンの悩みに向き合ったきた。

「会社でプレゼンテーションをする際に、マスクを装着していると視線が気にならずに落ち着く」

「苦手な上司と仕事をする時も、マスク越しであれば気持ちが楽になることに気づいた」 

 そう吐露する患者が、コロナ禍を機に2~3割は増えたという。

 こうした人たちの追い風になったのは、コロナ禍で「マスクをつけることは正しい」という価値観に世間の意識が変化したことだ。

「以前は風邪でもマスクをつける人はそう多くはなかったので、うつを患うなどでマスクを手放せなかった人は、ひどく目立ってしまい『人の視線が怖い』とジレンマに苦しんでいました。視線を避けるためのマスクが逆に注目を集めてしまっていたのです。しかし、コロナ禍によって違和感なくマスクを防御壁として使うことができるようになった」

 マスクで助けられたと口にするのは、精神的に悩みを抱えるひとばかりではない。

「相手にいら立ちを覚えても、表情が顔で隠れるから助かります」

 井上医師によれば、クレーマーに対応する飲食店の店員や、部下を持つ中間管理職には、こんな本音を漏らす人も珍しくないという。

「マスクによるバリアーは、何も特別なことではありません。人が自宅に戻るとホッとするのと同じです。家の壁や屋根によって、人は自分だけのプライベートな空間を保持することができる。マスクも同じ効果を発揮したということです」(井上医師)

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マスクを外しても大丈夫な顔を「つくる」