政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 バイデン米大統領の日韓歴訪から、米国は経済安保の拡大にウェートを置いていたことがわかります。サムスン電子の半導体工場の視察に始まり、現代自動車との対米投資の計画発表で幕を閉じた韓国訪問。日本でも半導体の日米の連携強化、中国に対抗するための新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」といった経済中心の内容が目立ちました。

 半導体やバッテリーといった戦略物資の供給が滞っていることで、バイデン政権は経済的なスランプに陥っています。さらには、戦争が長引く中で食糧やエネルギー価格の高騰が沈静しないことも追い打ちになっています。どうやら米国経済も中国のリセッションに伴い、力がなくなっているのでしょう。

 対中、対ロシアの関係が安全保障やサプライチェーンを含めて切実な問題になってくると、日韓関係が摩擦状態のままでは日米韓のトライアングルも崩れてしまいます。これに米国は危機意識を持っています。そもそも2015年の慰安婦合意問題で日韓の調整に動いたのは、当時副大統領だったバイデン氏でした。今後、本格的なプレッシャーをかける可能性があります。

 かつてベトナム戦争にのめりこんだ米国は、日韓基本条約の締結をせかせたことがありました。日韓は自国同士で関係を調整するのではなく、米国という上位の権力を通じて、両国の距離感が近くなっていくということが繰り返されているのです。

 もう一つ重要なことは、この戦争が長引くことによる食糧危機です。08年のリーマン・ショックの前は世界的に食糧が高騰していました。10年のロシアの干ばつ後にはアラブの危機が起きています。カイロやレバノンでの危機は食糧暴動なのです。

 中近東や北アフリカは、ロシアとウクライナからの食糧輸入が大きなウェートを占め、今の状況が続けば、いろいろなところで食糧暴動から政治不安に転化しかねません。その前に東アジアを固めておきたいという米国の思惑が見えてきます。

 バイデン大統領の日韓歴訪、クアッドの首脳会合は、今後のウクライナ情勢を含めて東アジアの中で重要な意味を持つと考えていいでしょう。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年6月6日号