■ヒップホップから転換
なぜBTSは世界で成功することができたのか。アジア人ボーイズグループの前人未到の快挙の「答え」を知るべく、多くの人がさまざまな観点から研究をし、分析し、論じている。さまざまな要因があるが、その一つがBTSや事務所の「時代を見て、読んで、実行する力」なのではないだろうか。ヒップホップグループとして誕生しながらも、より大衆的な音楽に方向転換したのが16年のこと。17年にビルボードで「トップ・ソーシャル・アーティスト賞」を受賞すると“防弾少年団”から世界共通語である英語表記のBTSに統一した。コロナ禍には、王道のディスコナンバー「Dynamite(ダイナマイト)」を世界共通語である英語で歌った。旬なアーティストと次々コラボし、ファンの裾野を広げたのもそうだ。そのどれもが、時代に柔軟で、実に巧みな戦略だ。だからといって、「BTSは世界に魂を売った」とは思わない。今でも彼らは、自分たちが本当にやりたい音楽を作りミックステープやアルバムに収録しているし、「IDOL(アイドル)」のように、韓国要素を取り入れた曲もある。ヒップホップ出身という原点を忘れてもいないし、自分のアイデンティティーを捨ててもいないし、自分自身の音楽を諦めてもいない。
今年6月、彼らはデビュー9周年を迎える。10日には集大成ともいえるアルバム「Proof(プルーフ)」を発売するという。
このタイミングで新しいアルバムを出すことになったのには、徴兵問題も無関係ではないだろう。一昨年、それまで大衆芸術の優秀者に限り28歳までとしていた兵役の期限を30歳になる年の年末まで延長できるようにする、通称「BTS法」が韓国で採決された。それにより延びていたJINの入隊期限がいよいよ今年の12月31日で切れるのだ。
■転換期でも物語は続く
BTSに対して兵役免除をしようという声もあるが、答えはまだ出ていない。これはあくまで仮定だが、もし、今年がBTSにとって大きな転換期になったとしても、もし“完全体”として少しの空白期間ができたとしても、大きな問題はないのではないか。現在の服務期間は約1年半。K-POP界ではアルバム制作のために1年半くらい表舞台に出ないことはザラだ。その間、音楽制作に打ち込むメンバーもいるだろう。これまでも続けてきたミックステープを個人名義で発表する人もいるだろう。エネルギーを充電するメンバーがいてもいい。同伴入隊という手もある。
どういう日々になるとしても、彼らの心はARMYとともにあるだろう。彼らがこれからどこに向かおうとしているのか。私たちはまだ知る由もないが、それがどこであれ、信じてついていけばいい。どんな形であれ、彼らの音楽に対する情熱の火種はまだ燃え続けており、彼ら(とARMY)のストーリーは、これからも現在進行形で続いていくのだから。(ライター・酒井美絵子)
※AERA 2022年6月6日号より抜粋